の世界
121 『赤の印象二題』 200610
10月に入ってから、秋の撮影に出るチャンスを一心に狙っていたが、それは一つもかなうことなく秋は過ぎていった。せめて道南の紅葉だけでもと思っていたが、それすらかなわなかった。晩秋に期待である。だがその代わり、10月初旬に入稿した2007年カレンダーとポストカード32種は順調である。
 
 11月1日ポストカード32種の全てが完全に満足した上で校了、2007年カレンダーは半分は校了である。 
半分といったのは思いがけないことにカレンダー9月と10月に手こずっているからである。この9月と10月だけがなかなかうまくいかず、製版会社の方からもう一度分解し直させてほしいと、連絡があった。(*分解するとは、スキャナでフィルムを読み込んで、印刷するためのハンコのようなものをつくること)<  
 ところが、2007年は9月と10月の写真がどうもうまく出ない。9月のような同じ一色の色が画面全体に広がり、微妙な諧調を見せている写真の製版は難しい。ことに今回の作品のようにそこに一点だけ色調と明るさの違った月が写っているからなおさら  また10月のようなハイラ イトを伴っ しかし、こうしたフィルムを製版するとき、手前の紅葉を美しく出しながら、雲や冠雪のハイライトの諧調を残すことは至難の技になる。製 fジタルはハ Cライトの諧調が出にくいのである  また、こうしたハイライトやシャドー部に諧調を残しながら中間の微妙な色調をコントラスト豊かに写し切ることは撮影者にも強く求められることである。ャhー部」の微妙なコントラストの違いを描出するためにこそ優秀なレンズ&カメラが存在する。ライカやツアイス
 
  すなわち、10月のこの写真のようなハイライトを伴う特殊な難しい状況下に置いて、もしこの写真をツアイスもしくはライカレンズにより露出を極めて慎重に与えていれば、製版時のこうした苦労も、もっと てす むのだろう。    こういった窮地に追い込まれて初めて、ライカやツアイスのレンズの有り難みがわかるというものだ。となり、完成の案内は11月9日には発送できるだろう。長い長いカレンダー制作の日々である。
そんな中、最後にこだわったのが、カレンダーの案内封筒のデザインだった。
 
 どんなデザインにしようか、迷いに迷った結果、最近凝っている「山の音楽家」の歌から着想して、ぽんちゃんが蓄音機を回してカレンダーを制作している様子とし、これに「山の音楽家」の歌詞を添えることにした。どんな封筒が届くか、どうぞお楽しみに。
 
 そしてこのデザインの封筒も今日11/3日ようやく刷り終えて、着々と準備が整っていく。そんな中、今月の北国通信は夕焼けの作品と紅葉の作品に決めた。
北海道道南の場合、9月は夕焼け10月は紅葉で、それが重なることはほとんどない。つまり10月になって冷え込んでくると、夕焼けはほとんど見られなくなる。
 
 では最初に夕焼けの作品から。
この作品は9月のカレンダーの写真選びをしている時期に、夕刻の時間帯だけ丘のうえの小さな写真館のすぐ裏の城岱牧場というところへ上がって撮影したものである。
 
 この時期の夕刻、僕はこの城岱牧場と大沼の東湖畔のどちらに行くか、大いに迷うことになる。そうした迷いの中、大沼の東湖畔から撮影したものが、カレンダー9月の作品であり、城岱牧場から撮影したのがこの夕焼けの作品である。 もっとも、夕焼けを撮る程度であれば、丘のうえの小さな写真館のすぐ近くからでも充分なのであるが、結果のことよりもこの城岱牧場に行き、そこで撮影することに大きな意味がある。>  
 この城岱牧場から眺める大野平野の眺めのスケールは壮大で、このスケールの大きな空間の更に上空が真っ赤に染まっていくことへの忘れがたき感動がどうしても必要なのである。この城岱牧場のことは、あまり知られるところではないが、道南に来た人なら一度は立ち寄っても決して損はしないだろう。意外にも、広大な風景が売り物の道東や道北以上に広大なスケール感を感じることができるのである。上がり口は大変わかりにくいが、七飯町役場の山方面へ続いていく道をまっすぐに上がっていけばよい。
 
 ここは夜もまた大変美しく、函館方向の夜景と共にその反対の北側の空には美しい星空が広がる。この二つの相反する眺めが楽しめる。
 
 と…ここまで書いて、半分残っていたカレンダーの色校正が届けられた。製版は函館ではできないために札幌から送られて来る。<  さ
 先日も、無記名で九州から「待ち遠しくて…」という応援メッセージをいただいた。こうした待っていてくれる人の存在がどれ程造る側の励みになるか、計り知れない。こうした目に見えない人の存在はやもすると、冷めていく精神の炎を再び燃え上がらせてくれる。人は必要とされて初めて、生きていこうと思うのだろう。
 
 さて、次はモミジの紅葉の作品。これは今から10年前の1996年に大沼で撮影した真っ赤なモミジの作品。大沼は湖畔というその特性から、あまりブナが優先せず、紅葉ではモミジなど多品種な環境を誇っている。
 
 その意味ではブナ林が優先する道南一帯の中にあって、大沼は異彩を放っている。逆に考えると、道南の紅葉はブナが優先するために、その紅葉はオレンジ色一色となって、あまり色とりどりとなることはない。この傾向はブナが優先する福島県北部から東北、北海道道南までで、それから北や南に行き、ブナが目立たなくなってくると、紅葉の色彩は豊富になっていく。もっとも、東北などでも標高の高いところでは色とりどりの紅葉となるところもある。<     しかし東北の高地に対して、道南では標高を上げてブナが見られなくなっても、すぐにダケカンバ帯となり、紅葉は極めて地味で面白味に欠ける。ただ、道南といっても、石狩低地帯より南の
 
 ただ、北に千島→アリューシャン→アラスカ、南に沖縄へと陸続きであったらもっと良かったのになあ〜と毎日のように悔しがるのは僕だけなのだろうか。
 同じ日本でも何せ沖縄まで南に下がると、もはや木は紅葉することができなくなるのである。
沖縄では紅葉する木がない…というこの興味深い事実を知るとき、季節と地球の緯度との関係に置いて、僕の空想は大きく膨らむこととなる。と、同時に北へのもっと連続的な季節の移ろいを理解したいという想いも年々募りゆく。この日本にいる限り、北緯46°より先はロシア領であり、そうたやすくは旅ゆけないことが悔しくてならない。
 
 だが、このことに関して、北に進むのではなく、標高を上げることで理解すればよいではないか、大雪山に上がれば、そうした北に進むのと同じことが体感できるではないか、という示唆もあろう。しかし、そうではないのである。標高を上げての季節的な体感ではなく、水平移動しての季節の違いの体感にこそ意味がある。
 
 そのことは以前、北国通信の一人のお客様と話したことがある。アメリカやヨーロッパでは、平地に広葉樹の森や林が続き、そしてやがて森や林は針葉樹と代わり、そしてついには高木が生えなくなる環境へと移り変わっていく。だが、日本ではこうした森や林の水平的変化が感じにくい。というのである。
 
 特に北の千島や沖縄が陸続きではないために、これ以上樹木の生態変化による季節変化を味わうことが難しい。言い換えれば、この点が我々日本人の季節感の限界を暗示している。こうした日本人の季節感の限界を突破して明らかにしていくということは僕にとってはとても重要なことなのである。今までの写真家は日本の四季の感動を伝えてきました。しかし、僕はこうした感動だけでは充分ではないと考えているのです。僕たちに必要なのは限定をうち破ることであり、世界が無限に広がっているということを実際に体感することがとても重要なのではないか、と思うのです。 
 
 さて、話しは抽象化し、大きく脱線したので再び大沼の紅葉の話しに戻ろう。
先月号でお話しした日暮山から見る大沼小沼の風景。
画面手前が小沼で、沼中央の小さな小島の浮かんだ辺りからが大沼である。そして大沼の彼方には噴火湾(太平洋)が見える。この沼と海の二重構造がここからの風景の魅力だ。
大沼湖畔の紅葉のもう一つの側面であるブナの黄葉。ブナの黄葉がこんなに身近に見られるのも思えば不思議なこと。
 最近は黄葉などこうした風景に暖かみを持たせたくてコダックのE100VSというフィルムを使うことが多くなった。
先程も話したように、大沼はモミジの紅葉が際だっていて、道南にあっては特殊な環境でさえある。
しかし、道南らしくブナの黄葉する風景も普通に見られて、より風景は多彩となる。こうした多彩さに加えて、左上の写真のように小さな島がぽこぽこと浮かび、無数の入り江を造っていることは大沼の大きな魅力である。
 
 ただ最近はこうした大沼の観光にも動力船等が使われ、実に慌ただしい。昔のように手こぎの和船などに乗って、静かに島と島の間にかかる太鼓橋などをくぐり抜けながら行く悠長な船旅もあってよさそうなものである。
団子などを頬ばりながら、和船に揺られて島巡り…と、洒落てみたいものである。
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