撮影機材
ニコン Nikon
今までの我が愛機ニコンFEとニッコール135mmf2。絶対の信頼を置いていた。
特にこのニコンFE2には絶対の信頼を寄せていた。
ライカR9と出会って以来、使わなくなってしまったけれど
それまではマミヤM645のサブとして大活躍してくれた。
軽いシャッターとそのショックの少なさ、堅牢さ、そして
低照度まで測定できるアナログの見やすい露出計の存在は今でも何にも代えがたい魅力がある。
ニコンレンズラインナップ
カメラ;ニコンFE2 1台のみ!

レンズ

 ニッコール20mmf3.5
ズームニッコール20-35mmf2.8D
AF-Sニッコール28-70mmf2.8ED
マクロニッコール105mmf2.8
ニッコール135mmf2
ニッコール180mmf2.8ED
ヲニッコール300mmf4.5ED
RFニッコール500mmf8
ヲニッコール500mmf4ED

ニコンF2で写真を始める
 僕は今から20年前、大学一年のとき、ニコンF2で写真を始めました。
ニコンF2で写真を始めた契機になったのは、父からの影響でした。
ですが、学生だった僕は、誰からの資金援助を受けられず
カメラは何とか変えたんですが、なかなか交換レンズを揃えていくことはできませんでした。
しかし、懸命にバイトを重ねて
最初に揃えたのは広角のニッコール28mmf2.8と標準の50mmf1.4
それにニッコールマクロ105mmf2.8の3本
その後にニッコール135mmf2.8
EDではない初期のニッコール180mmf2.8とニッコール300mmf4.5の6本でした。
今から思えばどれもひどいレンズばかりです。
しかも使っていくうちにレンズの扱いになれない僕は
レンズをひどく痛めていきました。
ニッコール28mmはレンズ後玉のコーティングは傷だらけになってしまいました。
ニッコール135mmは不注意にも車のボンネットの上に置いたのを気がつかずに
走り出してしまい、失ってしまいました。
300mmはヘリコイドの固い!レンズで、しかも色収差の大変多いしかも、重いレンズでしたので
使うのが本当に嫌になりました。

その後、その当時にしては斬新な超広角レンズSIGMA MF21-35mmF3.5-4.5
シグマという2流メーカーから販売になり
僕はどうしてもほしくて新品でこのレンズを買います。

このレンズの購入がその後の僕をとことんまで追いつめることになろうとは
その時の僕には知る由もありませんでした。

その後タムロン200-500mmF5.6という望遠ズームを買いそろえますが、
これも当時9万8000円もして、涙涙で買いそろえます。

しかし、このレンズの性能がとても高いことは後になって分かりますが、
その当時の僕はそのレンズの重さのためにあまり役立てることができませんでした。

その後、星の撮影のために
シグマというメーカーの14mmという超広角レンズを買いますが、
このレンズのひどさには驚きあきれ、
よくもまあ、こんなレンズを販売するものだと憤慨してしまいました。

それで、事情を説明して当時行きつけだったカメラのキタムラ函館美原店に持っていき
下取りしてもらいます。
この超広角14mmへの絶望も大きく、その後、ライカの
スーパーエルマーR15mmf3.5を使うまで
長きにわたり僕を多く苦しめることになります。
ホント造れないんなら、そう言ってほしいですね。
余談ですが、ライカなら造れないとなると
潔く他のメーカーに製造を委ねてしまうわけで、こうしたところでもライカを信じられるんですね。

その後、魚眼レンズなどでもだまされた僕は
ことごとく35mm判レンズの特に超広角レンズに裏切られ、結果、国産広角レンズ全体へ不信感を募らせていき
それが今なお尾を引いているのです。

出も逆に言うと、ライカの広角レンズの有り難みを誰よりも実感できるということでしょうか。
でも、できればこんな苦労はしたくないものです。

写真を撮るのに、市販されたレンズを使っても普通に写らない。
こんなことを写真を始めて間もない僕が知る由もなく
現実の厳しさにいたたまれない気持ちになりました。

今思えば、もっと若い頃にライカを使いたかった。
若い頃、特にお金のないこの頃に
だまされ続けたこの深い苦しみは、本当に根深い恨みとなって心の中に残る。

こうして僕はしないでもいい苦労の山を乗り越えつつ
写真だけは止めることなくその先へ先へと進んでいきました。

風景写真のプロへ!
大学生活も終わりの頃
僕は風景写真のプロになりたいと思っていました。

当時北海道で風景写真を生業にするには
フィルムライブラリーというところにフィルムを委託して
自分の代わりに販売してもらうのが常套手段だったんですが
当時、ライブラリーに撮ってきたフィルムを預け
風景でめしを食って行くには最低でも中判カメラ、できれば4×5判が必要だと教えられました。
というのも、フィルムの大きさによらず借りる側は同じ値段を支払うシステムだったので
大きなフィルムほど目立つということだったのです。

こうしたつまらない理由から多くの人は高い4×5判のフィルムで風景を撮り
それをライブラリーに預けていました。
ちなみに北海道では200人ほどのそうした風景写真のプロがいたらしいですが
そのほとんどが副収入を目的としたもので、
風景写真だけを生業にしていた人は、ほんの2人か3人だということでした。

しかし、それでも当時一番多く売り上げていた人で
2000万円近く売っていた人がいて、僕には驚愕の数字でした。

その当時僕はマミヤM645をメインに使っていたんですが
6×4.5判では弱いと言われたので、憧れだったこともあって
マミヤRB67という6×7判のカメラを買い、ライブラリーに備えますが
その撮りにくさに閉口して、すぐにやめてしまいます。

ということは、この決断により、僕は早くもライブラリー専門で生業を立てていくことをあきらめたわけで
このことばかりは電光石火の決断だったと思います。

この時僕は撮りにくい6×7判を使うくらいなら、撮りやすい6×4.5判を使う方がより良い結果が出ると
ずいぶんと自信たっぷりに決断していました。

ジッツオ407Lというがっしりした三脚にすえたマミヤM645の軽やかなシャッターを僕は絶対!と信じたのでした。
その後、ライブラリーを半ば捨てた僕は生計を立てることよりも
マミヤM645で、一番の目的にしていた、函館の撮影を開始します。

こうして方向転換を図った僕は
その後マミヤM645を信じ10年、10万枚に及ぶ撮影を続け、
ニコンはそのサブとして使い続けました。
運命のAF-Sニッコール28-70mmf2.8ED
こうしてマミヤM645をメインにプロとしては風変わりな生業を開始した僕でしたが、
おかげさまで多くの人に制作するポストカードを受け入れてもらい
なんとか自立への道を歩み始めていました。

その途上、僕は大雪山を撮り始めました。
そこで大雪山は、かなり高所ですから、マミヤM645ですと、重くて撮りにくくて
そのために撮りやすいニコンに白羽の矢が立ったのです。

しかし、当時ニコンでメインに使っていたレンズは
トキナー28-70mmf2.8という2万円そこそこのレンズでしたので、
このレンズではいくら何でもだめだよ、と妻と言い合って

思い切ってニコンの誇るAF-Sニッコール28-70mmf2.8EDを12万円ものお金を出して買い求め
そのレンズとマクニッコール100mmf2.8の2本だけを伴って、
大雪山の撮影を開始したのです。

こうして軽く撮りやすい撮影機材を得た僕は
理想通り大雪山の上を隅から隅まで軽やかに歩き回りました。

しかし、その時の写真を2、3点伴った写真展を札幌のサンピアザの光の広場で開催したとき
AF-Sニッコール28-70mmf2.8EDで撮影したプリントが不評で
苦々しい想い出となりました。

このことを契機に僕はニコンを捨て、
フットワークの軽さと画質の両立を目指す旅に出たのであります。

このとき一番最初に目をつけたのが
M型ライカでした。

つまり、ニコンによる画質の悪さの原因は
一眼レフのミラーショックにあると考えたのでしたが、
僕にはレンジファインダーであるM型ライカでは風景を撮ることができず、路頭に迷いました。

こうして何かに導かれるかのように
R型ライカへの道を歩み始めることになります。
R型ライカへ
大雪山の撮影を契機に
ニコンからR型ライカへ変わっていったわけですが、
当初はR型ライカにはニコンで得られない画質の高さを求めました。

しかし、その途上、僕はR型ライカに予想以上のものを見出します。

当初は単に画質の高さだけをR型ライカに求めたのですが、
それが単なる画質の高さに気づいたにとどまらず
R型ライカこそ自分の探してきた“暖かで、空気感のある写真”を撮らせてくれることに気づいたのです。

これは当初求めた画質の高さとは違うものでしたが
僕にはもっと大切なものだったのです。

ニコンFE2とライカR9
ライカR9とエルマリートR135mmf2.8
ニコンFE2とニッコール135mmf2
ニコンFE2は本当に良くできたカメラでした。
このカメラ以上のカメラがこの世に出てくるとは思いもよりませんでした。
それがライカR9で、僕はあらんことか、FE2からR9へと変わっていきました。

さて、どこがそんなにライカR9はFE2より優れているのでしょうか。

それはまずR9は部分測光ができるという点で、FE2は中央部重点測光以外に測光方法を持たなかったのです。
またミラーアップできることもR9の魅力でした。FE2は残念ながらミラーアップできないのです。

この二つのFE2の欠点、部分測光ができないこととミラーアップできないことは僕を長年悩ましてきました。
というのも、例えば月を焦点距離2000MM以上で撮るような場合
ミラーを上げてしまえば、ほとんど無振動で撮ることができますが、
FE2にはそれがなく、月の撮影のためにはわざわざオリンパスOM-2などを用いて、
うちわでシャッターを切らなければなりませんでした。
このことが、ライカR9で解決されたのです。

その他、ストロボダイレクト測光もFE2はできませんのでこのこともR9に進むしかなかった理由です。

ニコンFE2の長所&欠点
 僕の長年使ってきたFE2は中古で買いましたが、何台かあったFE2の中で、一番シャッター感覚の好みのボデーを買いました。
 今ではFE2も安くなってしまいましたが、僕がFE2を買ったときはバブルの時代の真っ最中でプレミアムがついて値段が高騰していた時代でした。このことを知っている人は懐かしいことでしょう。
 しかし、そうした一番買いにくい時に定価に近い55000円も出して買いましたが、それでもこの一台でいったいどれだけの枚数の撮影をしてきたことでしょう。
 その間、一度も故障しなかったといって信じますか?でも、本当に僕のFE2は一度も故障なく今も階調に動き続けています。

軽くて丈夫。
シャッターを押した感触と切れ味が金属音を残し、すばらしい感覚である。
FM3A用の明るいファインダースクリーンにより実に明るく美しい視野を確保できる。
露出計が針式で非常に見やすい。
露出計が実に暗いところまで反応するため、夜の撮影には絶対の力を発揮する。
シャッター速度の制御に狂いがない
不滅のFマウント、全くガタがない。
レンズとの連動ピンが頑丈にできている。このためレンズとの連動ミスが皆無である。
Ai方式という機械的なカメラとレンズの連絡を基本としているために、無用な故障がない。

次に欠点

スポット測光ができない。
ミラーアップできない。
ストロボダイレクト測光ができない。

ほどである。