先日東京の五島プラネタリウムが閉館した。理由は利用者が減少して、採算が採れなくなったから、というのが主な理由だった。ぼくはこのことは知らなかったのだけど、天文の関係者の間ではずいぶん前から議論されていた話題だったらしい。全国的にプラネタリウムの利用数が落ちている。このことを遅ればせながら調べてみました。
まず、丘のうえの小さな写真館のお客様の中では星の人気は高くて、星が好きな方は多いとばかり思っていました。望遠鏡が以前に比べて売れなくなったとか、天文雑誌の一つが先日販売不振で休刊になるとか、色々うわさは聞いていたのですが、今回はプラネの倒産です。本当に星はみんなの心の中から遠ざかってしまったのでしょうか?前のページでは光害のために、星が見えなくなったことを話しました。この星が見えなくなってしまったことと関係があるのでしょうか?
ぼくが調べたプラネタリウムの本ではプラネタリウムの不振の原因の第一番目ににその番組のつまらなさが指摘されていました。日本のプラネの番組制作はたまたま担当になった行政マンが、番組制作会社に外注して一つ、四百万〜一千万円くらいで造ってもらうそうですが、これが高くついて、一年にたくさんの番組がつくれないので同じのをず〜っと上映することになるようです。そして、この番組制作時に「どうせ観客は高級なことはわかりっこない」という観客を馬鹿にした態度が見えるそうです。それに加え、プラネの運営が経験のない行政マンが担当すること自体に問題の根っこがあると指摘しています。
これに対し、アメリカなどは専門の館長が自分の首をかけて、番組を制作するそうで、もし、人気が出なかったら、明日から食っていけないという危機感にさらされていると言います。おまけに、職員にかなりの天文や科学の高い専門的キャリヤが要求されていてそう簡単にはプラネの仕事に就けないのが現実で、その代わり、最先端の科学研究までを含めた、すばらしい番組が上映されるそうです。
ぼくの知る限り、確かに日本のプラネに行くと、あいも変わらず北斗七星を5倍してみましょう……、とやっています。科学は進歩しているのに、プラネは20年前と何にも変わっていない。なぜか子供を意識して、結果的に子供までをなめたような低級な番組制作に問題があるような気がします。子供は馬鹿にできない。ぼくはそう思うのですが。みなさんいかがですか?
そして、昔から、ロマンチックな音楽を流して、ただ星を眺めるだけのプラネって行ってみたいと思います。今のプラネならロマンチックでもないし、中途半端な教育だし、刺激的でもないし、星が好きでもない人が解説していたりするし……そんなプラネに魅力を感じなくなってしまう人が増えるのは仕方のないことかもしれません。
星をこよなく愛するぼくの星の先生はかつてプラネの解説をされていました。彼のうっとりするような声は今も胸に響きます。本当に星を愛する人が星のすばらしさを情熱を込めて伝えているのです。行政の人がいくら真面目に運営してもこの愛するという気持ちだけは伝えられない。星を愛する人が星への想いを伝えることができるプラネタリウムになればいいですね。そうなってもお客さんが来なかったら、その時はみんなの心に星が輝いていないと言っていいのでしょう。 |
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