写真館通信の世界
大千軒岳
大千軒岳金山番所の十字架。ここで、106人のキリシタンが処刑された。
5月初旬、ぼくたちは新緑がまぶしい道南を来る日も来る日も巡り続けた。
数多くの出会いの中で、ぼくが一番、時間を費やして写したのがこの風景です。
ここは函館から南西に60km、北海道最南端の松前町に行く途上にあります。
中央にそびえる雪山は大千軒岳 1072mで、松前半島の中央に巨大な山塊として君臨しています。
大千軒岳から流れ出る川は多数ありますが、中でもこの写真にある知内川の姿は美しい。

もし、知る人があればこの風景は長野県の上高地に似ていると思うかもしれない。
白黒ではわからないですが、河畔林は主にブナで、新緑の河畔はまぶしい緑であふれています。また、ここはサワグルミの自生でも知られ、この辺りがサワグルミの北限にあたります。
 
 ぼくはこの光景に5月12日に出会い、その時光線状態が悪かったので、翌日出直してこれを写しました。
 大千軒岳の姿と言えば恐らく函館近郊の人でもあまり見かけたことがないほど、
一年の大半を雲の中にその姿を隠しています。
 この大千軒が一年で一番美しい新緑の時期になんと二日間もその姿を現しました。
ぼくはその二日間をほとんどここにいて過ごし、飽きるまでこの風景を眺めました。
決して川を遡って山に近づかず、この河原からじっと眺めていた。白い雪山、
そして、まぶしい樹木の緑、そして、山深くから流れ来る川、
そして、抜けるような青い空と白い雲に、春の暖かい風音。
ここを訪れる人は全くない。
そんな美しさと静寂がたまらない。
そしてそれに加え熊の存在への畏怖。
この豊かな時間の流れが何より人が生きて行くには必要なことかもしれない。
夕闇が辺りを満たし、夜風が肌に冷たくなる頃、今まで以上に川沿いに吹いてくる風にぼくはおびえました。
大千軒岳のすぐ上空に双子座がかかっていたが、星の数は思ったほどではありませんでした。
しかし、撮影を終え、車まで歩く道は暗かった。
普通林道は白っぽく光るし、目も暗順応してよく見えるようになるのに、以前見えてこない。
今ここで熊に出会ったら……と思うと目の前が回った。
しかし、そんなこともなく無事に車にたどり着いた。
 
 そんな感じの大千軒ですが、この山には悲しい歴史があります。
1639年、今から三百年以上前、キリシタン百六名がこの川の上流で処刑されたのです。
江戸幕府によるキリシタン迫害の歴史です。
その悲しい事実は大千軒岳の中腹にある金山番所の十字架が語っています。
この知内川を遡っていくと十字架のある金山番所に来ます。
その深い山奥に白い十字架が立っています。それを見て、秘かに迫害のあったことを知ります。