の世界
41 秋の大雪山 19999
秋の大雪山

-北海道 大雪山-,

 今回も7月に引き続き大雪からの北国通信になります。別に大雪をひいきしているわけではないのですが,どういうわけか心のむくところというとこうなってしまいます。

 すすきの作品などもいいんじゃないのかと慶ちゃんから言われたのですが,今年はすすきの見事な高原にでむくことができず,その気になりませんでした。すすきの高原というと,北海道では札幌の北日本海側の海岸線沿いに40km行ったところにつづく石狩の丘陵地帯のことを想います。

 かつて札幌で過ごした学生時代,写真を始めた頃,そして季節のことをなんにも知らない頃,偶然初秋の頃訪れたすすきの高原は今でも心に残っています。その頃はなにもかもが新鮮で,何にでも敏感でした。そして、無責任な自由さがあった。

 あれから10数年たちましたが,あの頃のまま,あいも変わらず巡る季節に心がふるえます。その石狩のすすきの高原に初めて訪れたときは雨上がりで、とても気持ちのいい秋晴れの一日で,とんぼが空を埋め尽くすように飛んでいましたし,高原に続く道のむこうに名残の入道雲が出たり,それは気持ちが良かったと記憶しています。
 ぼくはこの風景をどう写していいものなのかわからず,首をかしげながら写していました。ああ,また行きたいなあ〜,あの冷んやりとした初秋の空気感を味わいに。あの北国独特の秋の緊張した空気感がぼくはたまらなく好きなのです。

 さて今月の作品について………これは大雪山,旭平からの風景で,季節は秋9月18日のこと。前夜からの雪で,すっかり雪に覆われた山容を眺めながら,ぼくたちはゆっくりと撮影&お散歩を楽しみました。ここで,少し大雪山について説明しておきます。大雪山という山はなくて

 主峰の旭岳を始めとして,赤岳や緑岳,黒岳などが集まって高原状の世界をつくっているのが特徴で,主峰の旭岳でも2200mほどしかないものの,緯度が北に位置しているためにかなり高緯度の世界を身近に味わうことができるのです。
 この作品を撮った,旭平は旭岳の中腹にロ−プウエイがあるので,気軽に訪れることができ,あとは平坦な世界が広がっているので,気軽に高原のお散歩が楽しめるところです。旭岳のロ−プウエイは2000年7月1日から新装オ−プンなので,それまでは利用できませんが,オ−プンしたら行ってみてもいいと思います。少々高いですけど,下から登ることを想えばありがたいです。そして何より9月紅葉の森をロ−プウエイの窓から眺めるのは筆舌に尽くしがたい美しさです。
 大雪山を訪れる場合,季節は7月と9月中旬がいいと思います。一番楽なのがこの旭岳(旭平)で,この日ぼくたちは9時間歩き続けているのですが,きつい登りもなくたいへん気持ちのいい世界です。慶ちゃんは豆パンをかじりながら,ピクニック気分を満喫していました。

 
 また,赤岳も劇的です。赤岳は大雪山北側にある標高1100mのところにある銀泉台から登るのですが,この銀泉台までは車で行くことができ,そこから少々登るわけですが,この銀泉台でもかなり劇的です。何せ下界は夏の終わりのくすんだ黒緑の木々に覆われた世界でしたから

 
 それが一瞬にして,真っ赤,真っ黄……の色彩のあふれんばかりの世界に変わるのですから。
はじめてぼくたちがここを訪れたのがやはり9月の中旬頃。昼の撮影を終えて,銀泉台にむかったのはもう夜中の12時頃。
 白鳥座が真っ黒に浮かぶ山陰に頭をつっこみかけていました。気温なんと0℃。ものすごく真っ暗で,ものすごく寒かった。そしてその夜は白鳥座を写してから銀泉台の駐車場で眠ったわけですが,夜明け前,雲海の上に月が冴えわたり,そしてオリオン座が悠々と登ってきていたのを車の中から半分寝ぼけながら見ていたのを覚えています。

 しかし,あまりに疲れていて,さすがにこればかりは写すことができず,くやしい想いを胸に抱きながら眠ったのです。こういう精神的,肉体的に撮影不可能な風景を今までも多く経験してきていて,自分の限界をこんなとき思い知ってしまうのです。悔しさのなか,朝早くに目覚めてみると,これまたびっくり。赤に黒に黄色に…………と世界が一変してしまっていたのです。すごいの一言につきます。大雪の紅葉は世界で一番すごいと,国鉄の山岳部のリ−ダ−から聞いていましたが,納得がいったのです。赤岳はこの銀泉台の駐車場から歩くんですが少し急な登りなのですが,危険というわけではなく少ししんどいという程度です。そして何より別に頂上を目指す必要はないわけですから体力に合わせて、だめだと想ったらそこから帰って来ればいいのです。また,この赤岳はありがたいことに頂上よりも登ってすぐの紅葉の方が美しく、このへんくらいなら足の動く人なら誰でも来れるようなところです。

 
その他,秋の大雪のいいところとしては,高原沼温泉というところから巡る沼めぐりがあります。高原沼周辺はヒグマの保護地区になっているので9月の15日〜23日の一週間だけ紅葉見物のためにだけ一般の人方が入ることができます。この期間は熊から人を守るために登山道の各所に監視の人がついてくれて,登山客を保護してくれます。そしてもし熊がでているようであれば,これ以上には行かない方がいいと言ってくれます。せっかく来たのにと思うのですが安全のために仕方ありません。この沼めぐりなのですが,少し人が多くて気分がでないかもしれませんが,大雪の秋を気軽に楽しむには一番いいかもしれません。内緒ですが,ぼくたちはこれではつまんないんで,全てが閉鎖になって熊も冬眠にはいった頃,10月の初旬ころにもここを訪れているのです。もうすっかり木々は葉を落とし,小さな沼には氷が張り,上に行くと吹雪となりました。季節外れの深閑とした空気感を味わいました。そうなんです,この頃の秋と冬の交錯がみせる緊張感がたまらないんですね。夏の不条理な暑さでだれた心のままでいると,秋と冬の季節の交錯は,突然ぼくたちに襟を正すようにと言ってきます。無言のどうしようもない力です。ぼくが20才まで育った神戸など温暖な地域には決してない冬を目の前にした緊張の一瞬,それが北国の秋なのです。

 
話は少しずれますが,ちょうどこの季節に北海道の川には鮭が帰ってきます。このピ−ンとはりつめた空気感の中,鮭は秋の美しい色彩の森に包まれた小さな川に帰ってきます。

そして産卵し,死ぬのです。ぼくは大学時代この鮭の研究をしばらくしていました。鮭は原始的な種に属しながら,ぼくにはかれらが実に人間的に,あまりに人間的な存在ではないかと思っていました。そして,アラスカ大学から帰ってきた先生の見せてくれた一枚の写真はこのぼくに鮭という魚へのますます大きな感動を与えてくれるものでした。紅葉した川の淵に二匹の鮭が寄り添い死んでいる写真でした。その写真を見ながら,先生の説明を聞いていると,ぼくの心はいてもたってもいられなくなってしまいます。アラスカに行かなきゃとそのころからずっと思いつづけているのです。「アラスカ州立大学の構内には川が流れていて,そこには秋になると鮭が産卵のために遡上して来るんだよ」という言葉がいまだに忘れられません。それに対して北大の構内には,小さなコンクリ−トでできた高価な川があるばかりで,鮭は登ることはできませんし,死ぬこともできません。このおかしな現実を変えて,鮭がここを上れるようできたらいいなあと思うのですが,周りにそんな意識はありませんし,もしその意識が変わった頃にはぼくはこの世にいないだろうから,彼らに働きかけるよりは,アラスカに行く方が近道であるのです。鮭と見れば目が¥マ−クにしかならない人ばかり目に付きます。もっとおおらかになれはしないのかと北海道の現実を垣間みてしまいます。鮭や鱒の放流の歴史を見ても全てが生態系など眼中にない放流の歴史でした。例えば,紅鮭が高く売れるとしたら,何とかして紅鮭を放流しようとする。しかし,もともとそこにはいない紅鮭の放流はうまくいかない。水産試験場の人たちの努力は認めても,こんな¥マ−ク中心の自然支配は何とかならないかと思うのです。本来鮭の川への遡上なんて北海道では普通に見られる現象だったのです。しかし今ではそれを見るためにぼくはアラスカにまで行かなくてはなりません。いか釣りの明かりのためにはるばる遠くに行かないと星が見えないのも同じことです。「本来ならあるものがない」このことが悔しいし,これからの子供たちはかわいそうだとも思います。


ですから,ぼくは強くアラスカにひかれるのです。アラスカというと北緯65度くらいですから北極圏の少し下くらいに主な都市があるところです。だから8月の終わり頃紅葉が始まると聞いていますし,8月の終わり頃までほぼ白夜が続くそうです。それで9月20日頃となると昼の時間はあんまり日本と変わらないんですが気温はぐっと低くなりもうすっかり冬です。大雪より少し極端な季節変化ですね。大雪でも,夏と言えば7月と,8月の半分くらいですから,アラスカも二か月は夏がないようです。昼の時間について少しおおざっぱに調べてみますと,6月の夏至の頃24時間近く昼の時間であったのに,9月の秋分の日ころは日本と同じで約12時間となり,それから一ヶ月ごとに10月末は9時間,11月末は5時間半,12月末の冬至頃は3時間くらいとなるようです。

 

以上のように,北国の季節感はなんとも極端なものだと思います。長い冬に対して,短い北国の春,夏,秋はまたたくうちに過ぎていってしまいます。しかし,この緊張した季節の流れの中で生きていると,季節の時間を大切にしようと思ったり,冬には時間がゆっくりあるから季節中にはできないようなことを腰を据えてやろうというように時間の使い方を一年単位で割り振ります。日々で言う,晴耕雨読的なこの北国の生き方には共感するところが多いものです。しかしぼくの場合あんまりにも季節の流れが速く感じるので,のんびり屋の自分には少し速すぎるような気がします。うっかりしているともうこんなところまで季節が進んでいるといったことがよくあります。いつも心の中がそわそわして季節と戦っているというか………。でもこんな時ぼくたちは開き直って,本州にわたります。本州の空気を吸うと心がほっとします。小さな日常がこじんまりとあるような路地裏などへ行くと心がなごみます。そんなときぼくは日本に生まれてよかったとつくずく思います。和食,洋食のバランスのとれた食事がお腹を満たしてくれるように和の世界と洋の世界の両方に触れていることは,精神のバランスをうまく保ってくれます。名所旧跡の旅ではなく,ぼくはいつもこんな心の旅を続けています。人の一生は旅だと言いますが本当にそうですね。これから先なにがあるかわからない素敵な未知の世界への旅なのですね。


追伸1;
先日ラジオを聞いていたら,ワッカ原生花園でひつじを放牧し始めたそうです。ワッカ原生花園はサロマ湖とオホ−ツク海を隔てる砂州にあって奇跡の生態系と言われているところです。
ところが最近,原生の花たちが雑草によって駆逐されていたのです。この雑草をひつじに食べてもらって花たちを守ろうというのです。その昔この原生花園と呼ばれているところは家畜を放牧していたところで,その家畜たちが食べ残した,また食べることができなかった花たちが現在の花園をつくったと言われているのですから,保護を名目にロ−プを張って誰も入らないようにしてしまったら,実はみんな雑草にやられてしまうところだったのです。だからひつじを放牧することは昔に帰ること,人間の生活が知らず知らずのうちに美しい自然をつくっていた,いい時代に帰ることに他ならないと思います。風景は人の無理のない生活が自然に働いて美しく生まれるものだと思います。それにしても良かった良かった。


追伸2;
今日,望遠鏡を買った。中古の12.5B屈折式の望遠鏡で30万円だった。
10Bの屈折が15万円だったから口径が2.5B大きいだけで値段が倍に跳ね上がる。どちらもあったから悩みに悩んだ。しかし,結局12.5Bのほうを買うことにした。それは作品をつくるのに変に妥協するなと慶ちゃんが言ってくれたのが決め手になった。これ以上は無理だといえるほどの作品をつくって初めてお客様に見てもらって恥じないのだと彼女に言われた。確かに,今年は金銭的に苦しかったから,たいへんな出費であるわけだが,これで良かったと今思っている。
この望遠鏡はおもちゃメ−カ−のトミ−がつくっているもので,性能はすばらしいと定評がある。函館では全く手に入らないものなので,東京の友人に頼んで,買いに行ってきてもらった。
これで,今まで手を出せなかった作品領域に手を出せるようになる。使いこなすのはとてもたいへんなことになるけれども,やるしかない〜とぼくは燃えている。