の世界
54 秋の大雪の旅 200010
秋の大雪の旅

-北海道 美瑛町 白金牧場-

 10月15日〜22日の8日間ぼくたちは、秋の大雪山を中心に撮影の旅に出かけてきました。

 この作品はその途上に撮影したもので、狙って撮った一枚です。写真館通信にも紹介していたのですが、ここは美瑛町から白樺街道をまっすぐに走って、白金温泉を通り抜けたところに広がる白金牧場という大きな牧場の一角から撮ったものです。

 眼前にそびえる山はオプラテシケ山という2013mの山で大雪山系というよりは十勝岳連峰の一番北側にそびえる山です。

 美瑛町から丘の風景越しに見える山々はこの十勝岳連峰で、旭岳や黒岳、赤岳のある中央大雪の山々は美瑛町からはもっと北にあって、あまりよく見えません。もっともこの十勝岳連峰もいつ行っても見えません。ぼくは13年前から何度も丘の風景を撮りに美瑛町に出かけているのですが、一度もくっきりとした十勝岳連峰を見たことがなかったのです。それが今回初めて見ることができて、最初に狙って撮ったと言いましたが、願って撮ったと言う方が正しいかもしれません。
 

 まず、今回札幌を経由して、白金温泉のいつもの宿泊所(単なる空き地なんですが、ぼくたちだけ勝手に専用宿泊所だと思っている)に着いたのはもう夜遅くのことでした。午前中は白金牧場からだと十勝岳連峰は逆光になるのですが、とにかくどんな様子か見たかったので、とりあえず行ってみることにしました。その時はまだ連峰は全て雲の中にありましたが、なかなか美しく、逆光だからダメというわけではないことを思い知らされます。何度も自分に風景は思いこむな、イメ−ジするなと言いきかすんですが、やはりイメ−ジに走ってしまう悪い癖があります。
 ここの逆光をしばらく撮ってから、十勝岳を間近に見ることが出来る望岳台というところに行きました。ここには10年ぶりくらいなんですが、駐車場からはちょっとした遊歩道があって、なかなかいいところです。みんな駐車場から見るだけで遊歩道を歩きませんが、ここに来たら遊歩道を歩くことをお奨めします。遊歩道は人気なくシ〜ンとしていますが、そのせいで遊歩道の周りにはナキウサギがいっぱいいます。ぼくは白玉の木の実っこに夢中で見ませんでしたが、慶ちゃんはリスやナキウサギをじっと見ていたそうで、初めて見た!といって感激していました。

 

 ここに一日いたらナキウサギのとってもかわいい写真がたくさん撮れるのですが、これは次回にゆずって楽しい遊歩道のお散歩から帰ってきました。帰り道くらいから更に天気が良くなって、急に十勝岳連峰の山々にかかっていた雲がのき始めたのです。奇跡ですね。夢にまで見た晴れです。本当に夢のようです。

 曇らないうちに写してしまわないといけません。大急ぎで白金牧場まで帰って、十勝岳連峰を望みました。あ!と思った途端、あまりの美しさに圧倒されてしまいました。曇らないでくれ曇らないでくれと祈りながら夢中でシャッタ−を切りました。その時の一枚がこの作品で、「こんな写真が撮れたらいいなあ、でも無理だよなあ」と思っていたもので、想像していた以上の美しさでした。

 ぼくは概して風景には悲観的な見方をする方で、特にこの十勝岳連峰や大雪の晴れた写真など撮れるはずがないと思ってしまうんですね。それが現実は違って晴れるとびっくりしてしまうわけです。それでシャッタ−を押す手がふるえるんですね。

 お前毎日写しているだろ!と言われても、あまりに美しいものの前に立って、いざシャッタ-を切るとなると、いつもどきどきしてきて手がふるえるんです。いくら振るえても、さすがにぶれるような写真は撮りませんが、この8日間で写した1500枚の中には3枚くらいのぶれがありますし、思った感じに撮れていないものもたくさんあります。
 思った感じに撮れない一番の原因は露出のミスなんですが、本当にシビアなものです。半絞り狂っただけで、気にいらないものに仕上がってしまいます。それで、自信のないものは露出を変えて何枚か撮るわけです。プロだから一枚で決めろ!と厳しいことを言う人がいるそうなんですが、ぼくたちもそうありたいといつも思っているわけです。

 でも、少し違うのは、あまりにきれいだと、一枚では決められないってことですね。ファインダ−をのぞいたたんびに、きれいから、何枚も撮っちゃう。きれいすぎてやめられないってことがあるんですよ。これはやってみるとわかります。

 感動は枚数に自然と現れてきてしまう。これはぼくだけなのかなあ?あまりの美しさに呆然とした白金牧場を後にして、あのオプタテシケが夕照に照らされて赤く燃える頃再びここに戻って来ようと想いながら、美瑛町に向かいました。
 美瑛町の丘は迷路のようで、目的地に着くことが出来ず、結局日暮れが迫り、再び白金牧場には戻ることが出来ませんでしたが丘の上で、今度も信じられないくらいきれいな風景に出会ってしまいます。キガラシという菜の花畑の向こうに今まで間近に見ていた十勝岳連峰の雪の峰々が続いているのです。春と冬を合わせたような光景にびっくりしてしまいました。しかし、この光景に出会ったとき時既に遅く、もうあたりは薄暗く、撮影は無理だったのでぼくは失意のどん底に沈みました。そして「ここが明日も晴れるはずがない。しかも、これを写せるようになるのは午後だから、明日午前まで晴れたとしても午後まで晴れるはずがない」と思い思いし、もやもやしながらス−パ−に買い物をしにいきました。

 ス−パ−で、天気予報を聞きましたが、明日は晴れないとのこと。その時はがっかりしましたが朝起きてみると、なんと晴れている。ぼくたちは午前中のうちは、魅力的な細い道があったので秋のここちいい日差しを浴びながら、天人峡に向かって進路をとりました。スレ違う車もなく、のんびりとした田舎道。ぼくはこんな道が好きで、今回の旅もできるだけ国道から離れ、北海道の誰も通らないような、細く続く道を選んで進んでいきました。結局天人峡には、行けず(地図の上では行けたのですが、道道にさしかかったときに「どうしてもこの道を通りたい方はどこそこまでご連絡ください。」とあったので、無理をしなかった)Uタ−ンして、天人峡には行かず、いつ曇るかもしれぬという不安を胸に抱いて、再び美瑛の丘の菜の花畑を目指しました。

 着いたときにはかろうじて太陽は薄雲の中にいて、ときどき雲の切れ間から明るい日差しが差し込んでくれて、菜の花畑を照らしてくれたので、なんとかかんとか写すことができました。菜の花畑の向こうに雪の十勝岳連峰が見えるという、夢のような風景に何とか間にあったというわけです。よかったよかった。

 

 ここで少し補足。どうして、晴れていないといけないかというと、写真のフィルムというのは人間の目と違って、明暗の範囲が狭いので空と菜の花畑の両方を写そうとするとき、空と菜の花畑の明るさが出来るだけ同じであることが理想なわけです。これが曇ってしまって、菜の花畑が日陰になってしまうと、空よりかなり暗くなってしまい、写真には撮れないわけです。露出計で測ってみると良くわかるんですが、太陽に照らされていても、菜の花畑の方が空より一絞り暗いんですね。これ以上差が開くと写真にならないんです。

 人間の目はオ−トで、これを補正してしまうからいいんですが写真はそういう補正は絶対できないから困るんです。ぼくたちが菜の花畑の撮影を終えると、すっかり曇ってしまったので、再び天人峡にむかいました。その日は天人峡の羽衣の滝などを写して終えました。

 次の日は、北大雪の山々の方へ進路をとるつもりでいましたので、その途中の上川町のどこかで眠ることにしました。「明日、この秋一番の寒波が来る」とうわさで聞いていましたが、予想を超えて、朝起きるとあたり一面真っ白になっていました。しかも、まだまだ降るようで、各峠、吹雪のため夏タイヤ通行不可能という表示。ぼくは無理をしてまで、北大雪に行くことは断念し、再び戻って、西側の愛山渓に行くことにしました。愛山渓に入っていくと、これがまたびっくりするくらいきれい。秋の紅葉した葉にたっぷりと雪がかかって、なんという美しさだろうか!慶ちゃん「まさにこれが生きてて良かったっていう風景だね」と感動!

ところが、1時にゲ−ト閉めるから出ていってねと、おじさん。信じられないけど、そう言うんです。ぼくは閉められたらたいへんと、猛スピ−ドで写しまくりました。この前の秋にここに来たときも雪で、今回も秋の真っ盛りに雪。よっぽどここに来ると雪と出会うようで、慶ちゃんは一度も愛山渓の頂上まで行ったことがない。愛山渓の頂上には温泉付きの山小屋があって、ここから旭岳の方へ無数の沼沿いに登る登山道があって、ここも非常に美しい。時間があれば愛山渓に車をおいて歩いて行かれると、かなりいい気分になれる。愛山渓を1時に閉め出されたぼくたちは層雲峡に向かう。途中、春の菜の花が美しいアンガス牧場に寄って行くが、その途上にある大雪牧場で、猛烈な風のために引き返すことになる。ものすごい風が何もない牧場の上を吹きすぎていました。
 

 その夜、いつも行く旭川の銭湯、星の湯に入りながら次の日どこへ行くのが一番いいか迷いました。結局、ぼくは白金温泉に戻ることに決めました。白金温泉に戻り、白髭の滝などの撮影をするのが最もいいだろうと言うのがぼくの判断でした。その途上、雪の中に埋もれたピンクの花の可憐さに心打たれました。美瑛川の青い水の流れにみとれました、銀灰色に輝く山々を見ました。それで、再びここに来ようと思ったぼくの判断は間違っていなかったと、確信しました。白金牧場も真っ白になっていて、作品にあるような緑の牧場の光景はどこにもありませんでした。ほんの数日で、秋は行ってしまいました。風と雪のために樹木に木の葉は全く残っていません。

凍えるように寒い冬の始まりです。もしできたら、もう一度冬の真ん中頃にここに来て、雪だるまの旅の撮影をしたいと想い想いしながら白金牧場を後にして、一路、北大雪へ向かいました。北大雪は、平山やニセイカウシュッペ山などからなる小さな山群で、層雲峡の北側にあって訪れる人もほとんどない地域です。今回行っても紅葉もほとんど残っておらず、いつ真冬になっても不思議ではないようなところでした。白滝村というところが起点になるのですが、そこにある、白滝高原にさしかかったとき、その高原の広さにびっくりしました。何があるとか、写真になるとかそんな風景ではないのですが、何となく良かったです。白滝高原から平山にむかう下りも、晩秋の様相で、なんとはなしに好きになれる風景でした。平山から白滝村に向かう道の途上、素敵な木造校舎の小学校に出会いました。後ろに1000m級の山々が連なり、その中腹は牧場になっていて、それらが北斜面にあって多くの人が訪れる表大雪と違って、いわば裏側にあたる北大雪の山々は写真に撮れなくても、北海道ってこんなとこだよな、と言えるような素敵なところでした。今回のぼくの旅は撮影もそうなんですが、こんな目立たないけど素敵な風景に出会いに来る旅でした。白滝村は想像以上に小さな村でした。白滝村を過ぎると丸瀬布町です。ここにはヤマハ専属の木材工場がありました。想った以上に小さな街で、その小さな商店で、今晩のおかずを買いました。
 

 次の日は山彦の滝です。午前中は滝にずっといて、それから支湧別岳、武利岳(むりいだけ)の東側を抜ける林道を通って石北峠に出ようと思いましたが、林道と思いきや実に快適な道で、楽しい晩秋の光を感じながらのドライブになりました。国道を走っていると恐いトラックにおびえなければなりませんが、国道から少しでもはずれると、のどかな平和な道がどこまでも続いています。国道に出る寸前のところで、美しい白樺の純林に出会いました。抜けるように白い木肌。どうして、この厳しい自然の中で、あんなに美しくいられるんだろうとよく思う。少しでも傷がつくと二度と白い樹肌は元には戻らないという。そんな厳しさにも打ち勝つ美しい白樺林と出会った。そこを過ぎて、国道を横切り再び林道に入る。林道を抜けると「おけと湖」という湖に出会う。何も期待していなかったのに、湖は期待以上に美しい。白樺が湖畔に整然と並ぶ。植えられたものかもしれないが、それはかまわない。おけと湖を過ぎると、勝北峠972mだ。こんな林道の峠おそらく誰も来ることはないだろう。勝北峠を抜けると東大雪、三国峠である。もう時は夕刻薄暗くなっていたが三国峠はもうすっかり晩秋の様相で、樹に木の葉は一枚もない。この三国峠、一度は行かれることを薦める。昔と違って、すごい立派な道になった。しかし、この道の途上から見る樹海はとにかくすごいの一言に尽きる。見渡す限りの木の海にあきれてしまう。橋の上からこれを見ることになるから本当に吸い込まれそうになるかもしれないが、誰かに服を持ってもらって一度は見てほしい。


その後、上士幌町で温泉につかって、幸福駅を見て、日高山脈の東側にそって北上し、日勝峠を経て、大雪、日高に別れを告げる。いつ通っても日勝峠は恐いところだし、つまらないし、あきれるほど長い。次の日は支こつ湖近くの恵庭渓谷を撮るが、いままでとはうって変わって、ものすごい人だったのでびっくりしてしまった。更に、近場なのに今まで行ったことがなかった美笛の滝にも行く。ここは行かない方がいい。お世辞にもいいとは言えない。最後は噴火中の有珠山の側にある洞爺湖を撮る。洞爺湖も東岸は静かなところだ。湖畔に垂れる木の美しさに見とれる。
こうして、8日間の撮影を無事終えて函館に帰り、2000枚近いフイルムの整理をしながら今は大沼や厚沢部の森を撮っている。大沼を知っていても厚沢部という街を知っている人は少ないだろう。函館から江差に向かうその途中にある。その厚沢部にレクの森というトドマツやヒバそして多様な広葉樹が広がる豊かな森がある。連休中だというのに、森の中にはぼくひとりだ。貸し切りの森。木の葉を揺らす風の音、ヒバのオレンジのような香り、キツツキのうち鳴らす音……がこだまする。
 

 函館も紅葉の真っ盛り。観光的には全く知られないが、函館市の東部に香雪園という美しい日本的な公園がある。ここには楓の小径というたいへん美しい小径がある。連休で人でごったがえすといやだから、朝早くに行った。しかし、心配のかいなく誰も来ない。だが、楓の小径は信じられないくらいの美しさだ。そこで、朝から夕方まで、撮りつづけた……。秋は樹木たちの祭典。大雪山から初めて、これで20日間連続の撮影。山はだいぶ木の葉が落ちた。街はこれからのところもある。
すばらしい季節が行く。

最高の季節が行く。風よ静まっておくれ!秋が行ってしまうから……。