の世界
52 星空に魅せられて 20008
星空に魅せられて

-北海道木古内町 津軽海峡-

 星に魅せられてから早いものでもう15年がたとうとしている。

 今から15年前、高校を中退したぼくは何よりも先に望遠鏡を買いにいった。

 そのときのぼくは惑星の水星と彗星の区別もつかなかったし、まして夜空に星があることに気づいたのは19才になってからのことである。高校を中退するあたりの記憶はどうもはっきりしないことが多く、どうして望遠鏡を買いにいったのかはまるで記憶にない。
 そのとき買った望遠鏡はミザ−ルというメ−カ−の12cm反射望遠鏡で定価が15万円のものが中古で5万円ほどだった。ぼくは迷わずその望遠鏡を買い、使い方も何も何一つ知らずに望遠鏡を手にした。

 しかしそのときからぼくの星空との対話は始まった。まず、ぼくが見たかったのは、M天体と呼ばれる銀河系内の星雲星団やアンドロメダ星雲などのぼくたちのいる銀河系の隣の宇宙やずっと遠くにある宇宙などでした。そこでぼくは1950年分点の中野さんの星図を買ってきて、そこに記してあるM天体を見ようとしました。

 ところが全くわからないものだから、適当に空にむけてゆっくりと動かしていけばどれかひとつくらい見えるんじゃないかと思って、そうやっていたんですけど、星はいっぱい見えるんですけど、肝心の星雲はまったく見えないんですね。

 ぼくはもうすっかり頭をかかえてしまいました。しかしふと空を見ると明るい星がひとつ見えたんです。まずあれを見てみようと思って望遠鏡をその星に向けると、なんと明るいひとつの点にしか見えなかったその星に輪があるように見えるんです。それでぼくはもしかしたらこれがよく知っている土星というやつじゃないのかと思いまして倍率を上げていったんです。するとさっきより多きく見えてきて、輪がくるくる回っているように見えてびっくりしたわけです。それで大急ぎで飛んで帰り姉さんや兄さんに見せたわけです。

 しかしやっぱり星雲は見えないわけで、その晩中暗闇に息を潜めて悩んでいたことを覚えています。それでぼくがどうしたかというと、もう一度望遠鏡の店に行って店長さんにいろんなことを聞いていたんですね。そこに現れたのが、筏(いかだ)さんという人で神戸のプラネタリウムで星の解説をしているんだと聞きました。

 その人が優しい人で『またわからないことがあったらいつでもおいで』と言ってくれたんですね。
そしてたまたまプラネタリウムの近くに市民病院があってそこに入院していたぼくの友人をお見舞いに行った後、『まあついでだからよってみるか』といった軽い気持ちでプラネタリウムによったんです。

 そのときすでにぼくは彼の名前も忘れていたので、コンパニオンの女性の方に「……こんな感じでちょっとインテリのような解説をしている人で……そんな方いませんか……」とするとそのコンパニオンの方が「もしかしたら筏さんかもしれない。ちょっと待っててね」と行って呼んできてくれたんです。

 すると暗闇の館内から筏さんが現れて、「よく来たなあ」ということになりまして、それ以来筏さんのお休みの水曜日の夜には毎夜筏さんの観測所についていくことになったんです。
しかし、連続4回ともだから一ヶ月一度も晴れなかったんです。でもこの曇りの4夜のおかげでいろんなことがわかりました。観測所のこたつの中で二人で星の話しを飽きずにしてたんです。星の話しをしていたというよりは優しく星のことを教えてもらったといえます。
 
どこのどいつともしれないぼくのような奴に筏さんの貴重な時間を惜しみなく割いてくれて、教えてくれたこと、また星に対しての知識よりもその真摯な気持ちにぼくは打たれたのだと思います。

 最初に教えてくれた人が筏さんだったからこそぼくは星を好きになれたのだと思います。
筏さんの使う望遠鏡は西村製作所の15cm反射経緯台で、すごく古風なその望遠鏡でいとも簡単に星雲を次から次ぎへと入れていくそのテクニックに感動しつつ夢見心地で宇宙の宝石たちをのぞかせてもらいました。

 なにせ筏さんは曇った夜空にもし星がひとつ輝いていたら、それがなんという名前の星かわかっちゃうんですね。

びっくりしてしまいます。ぼくなどはいまだに季節が少しでも変わったらわからなくなってしまうというのに……。

 
そんなこんなでぼくは大学に行く前には今までの人生とはまるで違った開放的な時間の中で生きる楽しさを経験し、知りたいことをどんどん追い求めていく楽しさに酔いしれていたと思います。

 そして高校の時とは違って、自分一人で追い求めるいわゆる受験勉強の世界にも1日に14時間も打ち込めることができるようになったわけです。高校時代には人生に迷って、苦しんで、勉強が手に付かなかったんですけど、
星を求めるという自由を経験したとき「ぼくの未来の真の自由のために」という大きな目標が心に芽生え、迷わずに何かに打ち込んでいても不安はなく「これで間違っていない」と思えるようになったんですね。

 それで大学にはいったら星の写真を撮ろうと思ってたんですけど、星の写真を撮るにはあんまりにもぼくの大学時代は貧しかった。

 それに加えて北海道のことをあまりにも知らなかったし、人生経験もなかったし要するに総合的にあんまりにも未熟だった。それでも学生時代からプロの写真家で生きていきたいという気持ちはもやもやとしながらもありました。どいうものなのかわかんなかったけど……。

 でも一度は写真を捨てて水産学の研究に人生をかけようとしたことがあって、札幌から函館に来るときにその引っ越し代のためと気持ちの整理のために大切な望遠鏡を売ってしまったことがありました。しかし、水産学、ぼくは卵子や精子のことを研究していくところにいたのですが、その研究室の体質になじめないことと、広い世界への強い憧れとが押さえきれず、始めて1週間くらいでこのまま進んでいくことに納得できなくなってしまっていました。

 水産学部では多くの友人が生態学をしたがるんですね。生態学というのは簡単に言えば砂浜や磯や大きな海に出かけていって、そこで貝や海藻やプランクトンを採取してきてその生活や資源の量を調査するといった仕事をしていくところなんです。そんな中、ぼくは「受精の神秘」に魅せられていたので生態学に眼もくれなかったわけです。というより、その生態学を一生やるとか受精の研究を一生やっていって、その道の権威と呼ばれるというのはきこえはいいんですけど、ぼくはどうもしっくりこなかったんですね。

 そしてそれらは学問としてばらばらにされているんですけど、なんとなくひとつのこと、同じことなんじゃないのかと秘かに思っていたんです。だからどちらに進むのかということにさして注意を払わなかったんですけど、世の中はそうはなってないんですね。完成されたシステムのなかでは細分化されていて、常にその道の最先端であることが要求されている。今まで学生でいろんなことに好奇心があって、新しいことこれからどんどん知っていきたいなあと思っていた矢先に、いきなり魚類の内分泌では最先端の研究の一員に組み込まれてしまう……。

 ぼくはびっくりしてしまったわけです。そのときぼくがその他の世界にも神秘的な魅力が潜んでいることに気づいていなかったら、同期の人たちと同じようにその道をそのまま進み、小さな分け前をもらって何々教授なんて地位におさまっていたかもしれない。
 

 そのようないわば用意された道を拒否したぼくの進む道といえば、たとえば「受精と宇宙はひとつで、つながっている」というようないわば信念のような感覚を実証していきたいという単独の道であったのです。そのためにはまず生活を安定させるための道を……と考えなきゃいけないんだけど、ついぞそんなことを考えないまま函館を撮り始めたわけですね。

 函館を撮って、作品という形で世の中に発表していくんですが、これがたまたま多くの人に受け入れてもらえて、いわば売れていくんですね。今まで受け入れてもらえたことなんてなかったから、びっくりしてしまったわけです。

 「始めて自分の好きになったものが受け入れられた」という喜びだったんですね。そしてこのことがぼくの生活を安定させてくれることになるとはそのとき思ってないわけです。しかし、函館に夢中になっていると当然、星の撮影からはずいぶんと遠ざかってしまうことになります。それでも最近ではようやく星のことまで手が回るようになって、星の撮影ができるようになったと言うわけです。

 
 今回、生まれて始めて本格的に星を撮影しているというわけです。この作品も習作ということになりましょうか、夜明けの砂浜にのぼってくるオリオン座の姿をとらえたものです。場所は北海道函館西方40kmにある木古内の海岸。この作品を創る困難さはなんと言っても露出時間。夜明けの光と、月の明かりと、遠くに光るイカ釣りの光が混在した状況下で、刻々と増加していく夜明けの光の量を正確に知らなければなりません。発色や感度、レンズの焦点距離などをを違えたフィルムを装填したカメラを5台使用しながらの撮影はを光の量を数字に置き換えていくために頭の中は真っ白になってしまうこともしばしばで、経験の浅さを身にしみて感じてしまうことになります。今のままではあまりにも不安でたまりませんから、もう少し夜の光の量に強くなるようがんばっていきたいと思います。              


 また、月の撮影にも没頭しています。1600mmくらいの焦点距離で写すとちょうどいい感じです。12.5cm屈折望遠鏡にオリンパスのカメラをつけると月を無振動で撮影できるわけです。シャッタ−はケロッピ−のうちわを使い、合図とともに慶ちゃんにうちわを振り下ろしてもらいます。これでカメラのシャッタ−ショックがなくなるわけです。1600mmもの焦点距離をぶらさずに写すにはうちわとオリンパスのカメラが最強のコンビネ−ションを発揮してくれます。結構気に入ったのが撮れていますので、近くお見せしたいと思います。月の撮影ではもう一つ気を付けないといけないのが空気の揺れなんですね。地球にはありがたいことに空気がありますから、この空気が動かない時にしか月は撮影できません。遠くの街明かりを見て、キラキラときれいに輝いて見える日は空気がよく動いているから月の撮影にはむかないんです。もし空気がよく動く日にお月さんを望遠鏡で見てみると、「風呂上がりなんですか?」とお月さんにおたずねしたくなるくらい湯気がゆらゆらたってみえます。湖畔でお月さんが沈むのを撮影したら、もう真っ赤になって揺れて揺れて形も変形してしまっていました。肉眼で見るととってもいい月夜なのにねと慶ちゃんと話すんですけど、そうかと思うと空気がまったく動かない夜ってやっぱりあって、そんな夜はクレ−タ−が驚くほどシャ−プに見えて思わず嬉しくなってしまいます。金の月、銀の月、赤の月……。形も色も違っていくお月さんの姿はとっても魅力的なものであります。月に星にそしてもうすぐ待ちに待った秋が来る。これからもぼくたちのわくわくどきどきはますます続いていきそうです。みなさんもどうぞご一緒に!! ではまた。