■ついに、アンドロメダ星雲が写った。
しかし、これは100%の自信のもとに写せたものではない。この作品も2枚写したうちの一枚で、もう一枚の方はピントが甘かった。言ってみれば偶然ピントが出たと言ってもいいくらいだ。
この作品のデータはコダックE200フィルムを感度600に増感し、焦点距離800mmF4の反射望遠鏡を使って、露出時間は20分です。場所は道東の豊頃町郊外の牧場です。とにかく、今シーズン最後の最後になってようやく写せた一枚で、命をかけて写したと言っても言い過ぎではない一枚となりました。今回はこの作品を巡るエピソードをお話させていただきます。
1月9日からぼくたちは道東に星の撮影に出かけました。なぜ、道東かというと、北海道の地理的な要因で、冬になり、冬型の気圧配置になると、日高山脈より東側は非常によく晴れるからです。今回も、道東に移動するその日、低気圧が北海道上空を西から東に通過し、東海上に低気圧、大陸に高気圧といった典型的な冬型になりました。
そのため、日高山脈を西から東に越えると、一瞬にしてそこは青空の世界に変わり、何ヶ月ぶりかに経験するすがすがしい明るい世界でした。
函館から道東に行く場合、昔は日勝峠を越えなければならず、非常に恐い目を見なければなりませんでしたが、今では大平洋岸を南下し、浦河から日高山脈を横断する道路ができていて、交通量も少なく危険も少なく道東に到着することができるようになっています。
また、静狩峠という長万部から洞爺湖に抜ける峠も道路の改良で、以前のような危険はかなり解消されて来ています。こうして、函館から日高山脈を越えるところまで、ゆっくり走って、10時間も有れば比較的安全に行くことができ、道東へのアプローチをやる気になれるわけです。
日高山脈を越えると、あまりに空は青くぽかぽかしていて、僕達は戸惑ってしまいます。こんなに空は青かったのか!高かったのか!そして、いつものように、この青空は夢で、すぐに雲に覆われてしまうのではないのか!と思い巡ります。
こんなに青い空を見るのは2001年7月29日以来、半年ぶり。やはりどうしても信じられない。どうして、空が青く晴れているのだろうか?「冬型になれば日高山脈より東は晴れる」そんなことは理屈では分かる。
しかし、実際そこに行って青い空の下、輝くばかりの白い雪の反射を浴びて、この広い世界を前に進めるということはなんという幸せなのだろう。そんな曇ることのない青空の下、僕達は豊頃町郊外の牧場で写すことに決め早速撮影場の雪を掘り起こし始めた。赤道儀2台分の雪掻きは大変だ。アンドロメダを写すためには、完全に暗くなったら間髪を入れずに写し始めないと、間に合わない。暗くなった時には南中を過ぎているからだ。
すっかり暗くなった時、北の空が恐ろしく明るいことに気がついた。光害だった。幕別町の明かりだった。恐れてはいたがこれほどまでに明るいと……そう思うと涙が浮かんだ。しかし、写すものは、南にあるし、幸いに南は大平洋であり大きな街はないから地平線間際まで良く見えた。いつもは霞んで良く見えないオリオン座の下あたりの小さな星々まで良く見えた。そして、気のせいか、オリオンの左下のおおいぬ座の左を流れ下る天の川の太さが、おお犬座を過ぎたあたりで再び太くなろうとしているかのように見えた。そして、この天の川を下へ下へたどるならすぐそこに南十字星や憧れのリュウコツ座のηカリーナ星雲やマゼラン雲につながっていくことが空想できた。
いわゆる、春の天の川への空想が膨らむことは押さえがたかった。この北の地は-10℃。
しかし、あの星を南にたどり、春の天の川を頭上に見上げている地は暖かいお日様が地上を十分に暖めてくれる緑の季節なのだ。半袖で、ワンピース姿で、星空を仰いでいるのだろう。今まさに、僕達がこの寒さと対決しているその瞬間に半袖姿で星を見ていられる!この違いはあまりに大きい。地球は想像以上に大きな球なのだ。大平洋にこぎだして、ひたすら南に向かいたいと思う衝動がこみ上げる。このような空想の中で、ぼくはひたすら口径20cm、焦点距離800mmの望遠鏡を慣れない手つきで操作して、写していた。アンドロメダ、すばる、オリオンのM42、オリオン座ζ星の側にある馬頭状星雲、一角獣座にあるばら星雲などを狙っていった。
とにかくピントを合わせることにまだ自信がない。1月の失敗で、ニコンの8〜16倍のルーペを購入はしたもののピントを合わせるテストができないまま本番にのぞんでしまったのだ。とにかく、経験が乏しすぎる。経験を積みたくても函館はほとんど晴れることはないので、経験を積むことさえできない。想像以上にこの自信のなさはストレスになる。一夜目が終わって朝、目が覚めた時、昨夜の疲れで頭痛がやまなかった。しかし、果物を食べるくらいしか頭痛を治すことはできず、頭痛と吐き気に悩まされながら、二夜目の撮影に望んだ。やることは昨夜と同じことだ。アンドロメダから始めて、さんかく座のM33、すばる、馬頭状星雲、ばら星雲、M81、82と撮影を進めた。
このような撮影を経て、現像ができて来た。その結果ピントの合う確率が4割程だった。F4の反射望遠鏡のラックピニオンでのピント合わせは難しいと聞いていたが、うわさ通り確かに難しかった。ラックピニオンではなくて、ヘリコイドであればもっと楽にピントを合わせられることだろう。また、ルーペの使い方もぼくは知らなかった。ある程度の視度の狂いならば目が自動的に補正してくれるが、疲れてくるとこの目の視度調整が効かなくなるみたいだ。だからルーペを極限状況で使う場合、完全に視度を合わせておかなくてはいけない。ぼくはこのことをその時知らなかった。お粗末なことだと思う。それで、早速ニコンに電話をかけて、ルーペと合焦板の距離を合わせている部分を5個取り寄せて、各々のカメラ用に削って使うことにした。これで、理屈にかなうはずで、ピントはかなり良くなるはずだと思う。
また、このピント合わせについて、もう一つ頭の痛いことがある。それは雪の結晶を写すテストをしていて気がついた。普通カメラのレンズは絞り込めば深度が深くなる。深度が深くなるというのは、絞りを絞ると、ピントの合う範囲が広がって、手前から奥まで全部にピントがくるようになることです。これはレンズの基本的な性質で、風景写真のように前景から遠景まで全てにピントを合わせたいような時に絞りを絞って写すわけです。ぼくは最初そうなるものだと思い、軽く考えていた。つまり、ピントを合わせ、最小絞りまで絞り込めばピントは必ずくるはずだと考えていたのです。しかし、どうしてもピントがこない。ぼくはぼけて写ったフィルムを見て、頭を抱え込んでしまった。そして、いろいろと調べていると、あまりにレンズから写すものが近いと、絞るとピント位置が深くなるのではなくて、移動する性質があることが分かったのです。このことを解決する方法は、もはや試写によるピント移動量を測って写す度にその移動量を調整するしか手がないことになったのです。雪の結晶はなかなか思う以上に強敵です。
このように道東以来、ピント合わせで頭が痛い日々が続いていて、1mmのものや、200万光年のものを写すのは大変だなあと思うばかりです。まあ、しかし、一つ一つ解決を積み重ねていくしかないわけであります。そしてこのような解決への模索の中から、新しいノウハウができて来たりもします。例えば、僕の場合、円形写野カメラや、全天カメラの制作へのノウハウでしょう。暗闇の中にあって漠然としていたものが、何となく明瞭な形を帯びてくるというのでしょうか。このことをもう少しはっきりさせるために、明日から、東京、神戸、大阪へ行ってカメラやレンズ等を見てこようと思っています。そして、いつの日にかこれらの結果がお見せできればいいなあ、と思います。今僕がお見せできるのは、偶然にも写ってくれたアンドロメダ星雲の作品だけです。まずは、これを出発点に、これからも勉強を重ねていきますので、どうぞよろしくお願いいたします。
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