の世界
80 冬の始まり 2002年12月
冬の始まり

今年の冬は例年になく寒い冬で、12月だというのにとても寒い日々が続きます。12月の中旬に写真展を終えた僕たちはその後かたづけに追われる中、次の撮影の機会を狙います。しかし、思った以上に冬の到来が早く来てしまい、撮影への出立の時期を逃してしまいます。
 

 というのも、僕の頭の中にあった風景は初冬の風景であり、完全に冬になりきらない風景、つまり、秋から冬に変わっていく姿を撮りたいと考えていたからなのです。それがいきなり、雪がどさっと降ってきて、いきなり冬になってしまいます。街の中では、雪は降ったり溶けたりを繰り返してくれるのですが、自然界の今年の12月は低温で、なかなか降った雪が溶けてくれず、11月の終わりからずっと冬の様相を変えません。それで、例年12月に本州方面からやってくる低気圧に合わせて、北海道東部に出る予定だったのに、機会を逃してしまうのです。実は、この12月に本州方面から低気圧がやってきて、湿った雪を降らしてくれると、世界は本当に真っ白になって、本当に美しくなります。特に、北海道東部では低気圧が降らせた雪が太陽に照らされてきらきら輝きを増し、目もくらむほど明るい世界に変貌するのです。それはそれは気持ちのいい世界で、冬の北海道の道東ほど明るく気持ちのいいところはめったにあるものではありません。天気予報では連日、氷点下15℃だ、20℃だと報じますが、あれは夜のことで、いったんお日様が出るとたまらなく気持ちのいい世界を味わえるのです。よく、本州方面から冬の北海道にスキーに来られる方がいらっしゃいますが、そんな機会にでも、スキー場だけでなく、道東へも足を延ばしてみるといいと思います。幸運なら、目もくらむような美しい世界と出会うことができると思います。
 

 こうして、撮影の機会を逃した僕は、色々とヨーロッパのことを調べ回ることにします。本とインターネットを使って自分の心の中にある風景がどこにあるか調べていきます。その結果やはり、北欧、ノルウエーの北部にあるロフォーテン諸島付近が一番心が望む世界に近いという確信を持つようになります。小さな北極圏の入り江の間際まで巨大な山塊がせまるという言いしれぬ厳しさの中で、タラ漁を主体とした漁業が行われているという風景であることが読みとれます。僕は小さい頃から釣りが好きで、その関係でよく兵庫県北部の小さな漁港等に釣りに出かけました。その思い出の中には自然の入り江を中心に集まった集落の姿が刻印され、その延長線上にヤンソンが描くムーミンの世界がありました。そのような思い出と憧れが交錯する中で、ロフォーテンは僕の憧れの世界にピッタリ!なわけです。
 

 それではいつ行けばいいのか?ということになりますが、今思っているのは4月ですが、もう少し入念に考えて見ようと思っているところです。
 

 それから、今まで、ヨーロッパに行くことをためらっていた“宿泊”のことも解決できそうです。僕たちは普段からホテルなど宿泊施設に泊まる習慣がないので、見知らないヨーロッパでの宿泊に関した情報を欲していました。それで、インターネットで、ヨーロッパにも日本以上に充実したキャンプ場がたくさんあることを知ります。“キャンプ場がある!”これは画期的な情報でした。無論、国内ではもったいなくてキャンプ場にさえ泊まることはありませんが、異国では実に頼りになりそうな施設です。まず、これで飲み水を楽に手に入れられる!と感嘆の気持ちです。それから、シャワーに入れる!というのも嬉しいこと。それから、大問題の宿泊費が一泊数百円だと言います。しかも、ある人の例では3日に一回の割合で利用すると、その価値は非常に高い!とのこと。ああ、もっと早くこのことがわかってれば……と思います。高い飛行機代をばん回するには、行ったら絶対一ヶ月は帰ってこれません。かなりの長期戦になることは必至です。長期戦を乗り切る秘訣は、やはり第一に風呂かシャワー。そして食べ物と水。あと、多分ヨーロッパの場合なら明るいところでも寝ることができる部厚いまぶたと図太い神経だろう。慶ちゃんの特技はどこでも寝られることだが、僕は案外寝ることができない。撮影に出ると、終始興奮しているので案外疲れているのに寝ることができない。特に、明日朝早いという時に限って眠れないから腹が立つ。まあ「地球上どこでも寝ることができますよ!」と言えたら最高なのですけれど…。かの冒険家の植村直巳さんの日本縦断記などにもそのことが書かれていて、彼はテントも持たずに日本縦断をしたそうです。一人で、テントなしの夜はとんでもなく恐かっただろうなあ!と思いますが、そうやって自然と精神を鍛えて行かれたのだなあと尊敬の念を抱かずにはおれません。彼の場合、徒歩旅行であったわけですが、もちろん一番困るのが、水の補給です。旅に出ると一番困るのが飲める水なんですね。どうしても一人一日1.5リットルは必要です。(もちろんご飯を炊く水まで入れて)車とか自転車なら比較的まとめて運べるからいいのですが、徒歩となると重いから毎日補給しなくてはいけません。
 

 ところが普段、家から近い街の生活に慣れてしまうと、なんとかなるさ!と思うのか、水を持ち運ぶということをしなくなります。それから、水をいったん沸騰させてから飲むという基本的なことも忘れてしまうんですね。そこで大事になってくるのが地球上どこででも水を沸騰させることができる技術ということになるのです。先日の写真展が終わったその日に、冬の札幌で水に困りました。そこで誰しも思うことが、回り中にある雪ですよね。しかし、飲んでみるとわかるのですが、これがまずくて飲めないのです。都会の雪は飲めないわけです。ああ、こんなにあるのになあ……。と思い思いしながら、結局羊蹄山まで我慢することになったわけです。
 

 さて、ロフォーテン諸島に話を戻します。ロフォーテン諸島を始めとしたノルウエーはフィヨルドという細長い入り江の多いことが特徴です。これはご存じとは思いますが、一万年前の氷河期の後、後退していく氷河によって削られたU字谷を、氷河が溶けたことで増えた海の水が満たしている状態で、一般にフィヨルドと呼ばれています。このフィヨルドでよく知られるノルウエーに対し、スウエーデンというと僕は鉄鉱石の産出でその名をよく知っていました。そして、どうして、スウエーデンが鉄鉱石で有名なのか深く考えてきませんでしたが、最近読んだ本の中に「氷河が後退する中で、その土壌を削り取り……」という一文があって、それを読んだとき「なるほど!」と合点したわけです。つまり、氷河によって土壌が削り取られてしまったから、野菜が作れるような土壌がなく、その代わり露出した岩盤から良質な鉄鉱石を容易に採掘できた、というわけです。どうして、こんなことに合点して感動していたかというと、実はカメラと関係があったからなんです。
 

 みなさんは、ハッセルブラッドHASSELBLADというカメラをご存じでしょうか?ハッセル、ハッセルと日本でも親しまれている6×6判のカメラなんですが、実はこのカメラ、スウエーデン製なんです。ぼくはこのハッセルブラッドに長い間憧れていて、先日臨時収入があったので、なんと手に入れたところだったんですね。このカメラの特徴は何といっても精巧な造りの良さと良質なスウエーデン鋼を使った堅牢さにあるわけですが、どうしてハッセルブラッドがスウエーデン製なのか考えたこともなかったんです。それが、今になってようやくつながったわけですね。突き詰めると、ハッセルブラッドというカメラがスウエーデンに生まれたことは偶然ではなく、一万年前から決まっていたということですね。つまり、ハッセルブラッドは氷河が造ったカメラ!と言えるわけです。そして、そのカメラを長いこと思い思いし、憧れる東方の島国日本の自分の存在が面白いです。そして、僕だけでなくハッセルブラッドと共にいたいと思う人は数多くいて、そのような人の人生そのものに強い影響を及ぼしています。つまり、氷河期の影響、その余韻をカメラから感じとることができることが嬉しくてならないわけです。以前は、ハッセルブラッドのカメラを買うことは一世一代の大問題であったわけですが最近はハッセルブラッドの人気は低くなり、ずいぶん安くなってしまいました。しかし、そのおかげで、中古なら僕でもやっと買えるようになったのです。
 

 まあ、買った買ったといっても、レンズまでは当分買えないから、仕事に使っていけるようになるのはずいぶん先になりそうですが、まあ、焦らずに揃えていこうと思っています。
 

 今月の作品ですが、一枚目は横津岳という函館郊外にある山の雪晴れの作品と、もう一枚はその横津岳の森の中を流れる冬の渓流の作品です。冬の爽やかさと冬の森に寂寥を感じる作品です。両者ともにとりたてて特徴のある作品ではなく、ごく普通の北国の冬の風景なのですが、いかがでしょうか?北国の冬の太陽は低く、昼間が極端に短くなるので、なんとも時間が慌ただしく済んでいきます。そんな短く緊張した時間の中で写されたことを思い思いして見ていただけると、少しでも北国のことがお伝えできると思います。今は冬ですが、この渓流沿いには春になるとたくさんの花が咲き始めます。そして、樹木の葉が茂る頃には花は下草の中に消え、初夏を迎えます。陽光まぶしい北国の初夏です。そして、冬の昼間がアッと言う間に終わるように、今度は夏という季節もあっと言う間に過ぎていってしまいます。北国の季節、その流れ、南の国とは全然違った時の流れがここにはあります。僕は、この北と南の季節や時の流れの違いに興味津々です。そして、海流が、風が……北と南をつないで、それらは深く関係しあいます。僕は北国に憧れて来て、北国に住んで今年で16年。今では、北への憧れに南への憧れまで加わって、想いは地球上を北へ南へ西へと大きく弧を描きながら飛び回る日々を過ごしております。
 

 冬至も過ぎ、昼が日一日と長くなってきています。そしてそんな中、もうすぐ2003年です。来年はどんな一年になるのでしょうか?楽しみです。いい一年だといいですね。
僕の今の心境ですと、とにかく太陽が恋しいから、太陽の光をいっぱいに浴びたいと思います。太陽の光の中を旅ゆける一年でありますように!
 みなさん。今年一年大変お世話になりました。
ありがとうございます。また来年もよろしくお願いします。
よいお年をお迎え下さい!!


追伸)

先日、良い本を見つけました。是非お時間があったら読んでみて下さい。タイトル『星になったチロ』という本で、藤井 旭さんが書かれた本です。藤井旭さんというのは日本を代表する星の先生で、子供たちを初め、多くの人に星のことをわかりやすく伝えてくれる人です。内容は白河天体観測所という、星の好きな仲間でつくった、いわゆる「星のたまり場」の天文台長であった、北海道犬チロと共に過ごした12年間の物語です。とてもやさしい藤井旭さん
独特の語り口がいいですよ!