の世界
74 夏の星空 2002年6月
夏の星空

6月も星空の作品になってしまいました。申しわけないなあ〜と思いつつも、ついつい星の作品に手が伸びてしまいます。もうしばらく、ぼくの星ざんまいにおつき合い下さい。

 今月も、一作品に決められなかったので、2作品です。
まず、季節の順番から『かんむり座』の作品。黒一色の単調な方です。
かんむり座!と聞いて、そんな星座あるの?と思う人や、懐かしいと思う人など色々だと思います。
 かんむり座というと、春から夏の星空に変わっていく中間くらいにあって、ちょうど6月頃、星空を見上げるとよく目にする星座です。
 
 かんむり座の西側には春を代表する星座である牛飼い座があって、そのすぐ南にはおとめ座があります。この牛飼い座と乙女座は春の代表的な星座で、牛飼い座の赤色の一等星アルクトウルスと乙女座の白色の一等星スピカが良く目立つので、都会でもこの二つの星だけはよく見ることができます。それでも、良く分からない場合には、北斗七星を探し出して、そのひしゃくの柄のところをその曲線に沿って伸ばして行きます。
すると、まずアルクトウルスにぶちあたり、更に伸ばすとスピカにあたります。そして更に伸ばすと、からす座にあたりますが、この春の夜空に描かれる大きな曲線が
『春の大曲線』です。
 また、このアルクトウルスとスピカは
「春の夫婦星」とも言われますが、慣れてくると、その雰囲気がよくわかるようになります。
 そうですねえ、星を見るのに慣れてくると、この
アルクトウルスとスピカが東から南のやや低空を経て西に向うその軌跡を思うと、春が去って夏が来るんだなあ〜と思えるようになるんですよ。
 
 
また、以前冬の東京、荒川の辺りに車を泊めて寝ていた時、東の空低くにこの二つの星を見つけたことがありました。
 もう春なんだなあ、と思うわけです。星座や星を見て季節を感じるようになると、地上の季節と合わせて二重の季節を楽しめます。習慣なんでしょうか、ぼくは19才の頃から、夜、外に出ると必ず上を見上げてしまうのです。夜の星空がどうなっているかわからないと落ち着かないのです。
 
 そんな春の夜空ですが、この二つの星座としし座以外は、星数少なく、一年で一番地味な星空です。
これは、銀河系の円盤の一番薄い部分を見ているからで、星の重なりが少ないのです。しかし、そのため逆に、
銀河系の外が良く見える時期でもあります。
 
例えば、先ほどの乙女座や、髪の毛座方向には無数の銀河が群れている様子を見ることができます。
乙女座銀河団、髪の毛座銀河団です。銀河団?何それ?と思われるかもしれませんが、銀河もばらばらで宇宙空間に散らばっているわけではなく、何個かずつまとまっていることが多いようで、これら銀河の群れのことを銀河団と言います。例えば、乙女座銀河団は我々の銀河系から4000万光年離れた所にある大きな銀河団で、400万光年の広がリの中に、約2500の銀河があるとされています。髪の毛座銀河団はもっと遠く、2億光年は離れたところに約1000個の銀河があるとされています。
 
 これらの銀河団が見られる領域はしし座のしっぽの星デネボラと、アルクトウルス、スピカとでつくられる
春の大三角のすぐ北あたりで、ちょうどこの辺りが銀河の北極にあたるわけです。
 この「銀河の北極」に見当をつけることは簡単です。
すぐ隣に髪の毛座の散開星団MEL111がぼーっと肉眼でも見えているので、このすぐ隣と覚えておけばいいわけです。

 ところで、この髪の毛座の散開星団MEL111は御覧になったことはありますか? ちょっと空が暗ければ、しし座の後ろあたりになにやらぼーっと雲のようなものがあるのが見られるはずです。これが、MEL111です。ぼくにとってこの髪の毛座のMEL111は青春そのもので、星を見始めた19才の頃、あれは何だろう?と思って双眼鏡で眺めました。すると、視野の中は散りばめられた宝石のようです。きれいだったなあ!今でも目の前でキラキラ輝いていますよ!
 
 この髪の毛座のある、銀河の北極付近は星もほとんどなく、肉眼で見ていると「ただ真っ暗な所」としか、見えないはずです。しかし、ここを望遠鏡でのぞいたり、写真に撮ってみると、小さな銀河が無数にあるのが分かります。それで、この辺りは
「宇宙ののぞき窓」とも言われます。この領域以外では、我々の銀河系の星々が邪魔をして、銀河系の外が見えにくくなっているのです。
 
 このように春は星座こそ少ないですが、遠くの銀河を見たい人には願ってもない時期で、望遠鏡を使えば、無数の銀河を見ることができるわけです。
 しかし、これを一つ一つ写すとなると大変なことで、ものすごくおおがかりな望遠鏡が必要になります。そこで、ぼくは今、指をくわえて見ているだけです。4000万光年かなたの銀河を撮ってみたい!そりゃあそう思うんですが、費用も労力も大変になるから、手が出せない、そんな遠くの世界なのです。
 
 こんな春の世界が西に傾き始めると、そろそろ夏の星座や夏の天の川が東の空に出始めます。そんな夏の星座たちがすっかり出始める前、
かんむり座は南中して、目をひくようになります。大きくはないのですが、よく目立つ星座です。西側には牛飼い座、東側にはヘルクレス座があります。どちらも、大きな星座ですが、形がはっきりしません。そのためか、いっそうかんむり座が目につくのでしょう。
 
 さて、そのかんむり座。これを写すことは長いことぼくの宿願でもありました。しかし、今までどうしてもうまく写すことができませんでした。この作品も決してよく写ったと言えるものではありませんが、今までで一番ましに写りました。
 にぎやかな夏の星座に心奪われたり、春の銀河や大熊座に心奪われている内に、西に傾いてしまって写せなかったり、光害で空がかぶっていたり……と、とにかく今まで写せないでいたのです。しかも、普通に写せば、ただの点にしか写らないから、どこに星座があるか分からなくなってしまいます。このことは、星座を写す時一番頭をかかえることです。そこで、この作品では、最初の5分にソフトフィルターを入れて写し後で、クロスフィルターを数分間入れています。このクロスフィルターの入れ加減が難しく、最初から最後まで入れると、激しくクロスが出過ぎてきれいではありません。
 
 このようにソフトとクロスを加減よく入れて撮るのがいいように思えるわけですが、なかなかうまくいきません。例えばこと座なんですが、何回撮ってもうまく写せないでいます。こと座はかんむり座のすぐ東側にあるので、かんむり座を写した後すぐに狙う星座です。しかし、こと座の一等星ベガが明るすぎるので、なかなか均整のとれた作品にすることができません。
 
 これらの星座がどうしても写したかったので、最近150mmと200mmのレンズを新しくしました。今まで、150mmF3.5、200mmF4というレンズを使っていたのですが、どうしても、よくありませんでした。 
 150mmF3.5のレンズはF3.5開放から周辺減光が強く、色収差も強くでて、どうにもならなかったのです。 それで、思いきって150mmF2.8のレンズに変えてみたのです。たかだか、半絞りしか変わらないレンズです。
 さて、結果は?……全然違うのです!!同じメーカー、同じ焦点距離、半絞りだけ違うレンズなのですが、全然別物です。周辺減光もなく隅々までシャープでした。200mmF2.8レンズも同様、素晴らしいレンズでした。150mmは東京の中古カメラ店で、200mmは大阪の中古カメラ店の片隅で買いました。買う時は高くて涙が出ました。しかし、実際写ってくると、期待以上によく写るので、今度は嬉し涙が出ました。早くこうしておけばよかったのに!と思いました。しかし、レンズは高いので、思い切るには時間がかかるのです。
 
さて、この150mmF2.8のレンズを使った作品をもう一枚。
2作品目
『白鳥座γ星〜北アメリカ星雲にかけて』です。

この作品は白鳥の胴体の後ろ半分を写したものですが、この撮影も今まで一度も成功しないでいました。技術的にたいして難しいわけでもないのに、なぜか、うまくいかなかったのです。しかし、今回はばっちりです。
 肉眼で見ると白く雲のようにしか見えなかった天の川も口径が5cmある150mmF2.8レンズで写すと、小さな星々に分解して写っているのがわかります。夜空が星で埋まってしまったみたい!です。これは、F2.8をF4へ一絞り絞って写していますが、周辺まで見事にシャープです。これは今まででは考えられないことです。色収差もほとんどなく、本当に見事なレンズだと思います。ぼくの使うマミヤというメーカーはパンフレット等でレンズの誇大広告をしないので、逆に使ってみないとその性能はよく分かりません。
 一般には「マミヤ、ゴミヤ!」なんて言われて、評判はよくありません。さて、その評判は本当でしょうか?一般の評判は間違っています。誰からもかえりみられない、噂にもならないレンズですが、実際に使ってみると、非常に優秀なレンズだということもあるのですね。
 
 レンズのことはさておき、まずはこの作品を選んだわけは、
皆さんに天の川が星でできていることと、星で埋め尽くされた夜空を見ていただきたかったのです。
 星の回りにある赤い散光星雲は水素ガスでできており、ここから新しい星が生まれて来るのです。ちなみに、どんな望遠鏡を通しても、これら水素ガス雲は肉眼で見ることができません。水素ガス雲の赤に感度のあるフィルムでないと写すことができないのです。しかし、この4、5年前まではそのようなフィルムはなく、こんなに簡単に写すことはできませんでした。
 
 今まで、多くの天体写真家たちは、非常に特殊な方法を駆使して、水素ガス雲を写していました。写すというよりも、暗室などで、着色したといえそうな方法をとっていたのです。それが、ここ数年こんなにあっさりと写せるようになったわけです。
 
 
しかし、それでも、見えないものを写すことは、想像以上に大変なことです。拡大して撮る時などは、恒星の並びを星図などと見比べて構図をとり、目には見えていないものを見えている気になって写すわけです。慣れないと、何も写っていない仕上がりのフィルムを見て、がっかりすることがあります。

 この難しさに拍車をかけるのが、望遠鏡の視野が上下左右逆。カメラが左右逆……ということです。慣れないうちは何が見えているのか、自分が何をしているのかさえ分からなくなってしまいます。なにせ、全部星は点々ですからね。多少明るい暗いくらいは分かるのですが……。
 
 そんなこんなで、6月も星ばかり見て過ごしました。しかし、6月の北海道、夜は無きに等しいですね。なにせ8時半頃まで西空には赤味が残っていて、すっかり暗くなるのはもう10時頃です。そして、午前2時には薄明です。正味4時間しかありません。この間に一枚でも多く撮らないといけないのですが、なにせ、一枚撮るのに20分以上かかりますから、いいとこ、一晩に5枚撮れたらいい方です。この夜の短さはこたえます。

北海道は北緯42度〜46度。もっと北に行けばもっと夜が短くなり、北緯66.6度を超えると、ついに夜がなくなります……白夜。
 その反対に冬にはずっと夜が続きます……極夜。そんな北に住む人に比べればまだまだまし。
 夜が4時間でもあるだけまし。恵まれすぎると人はそのありがたみを忘れてしまう。それで、ぼくはいつも、恵まれない地域のことを思ってみる。そう思ったら、自分をとりまく環境のありがたみが見えてきます。
 昨日、星野道夫の本を読んでいたら、アラスカブルックス山脈を撮影していて、初雪が降ってきたのは、9月3日のことだ……とありました。北海道の場合、大雪山の上でもせいぜい9月下旬のことです。しかも平地なら雪が積もるのはもっと後になる。9月3日に雪が降って、それが根雪になるとしたら、まともな季節は6月、7月、8月しかないだろう。なんという寂しい所。
 それに比べたら、北海道はずっとましだ。北海道、函館……北緯42度……これでも、北半球では半分より南。稚内、北見辺りでちょうど北緯45度。ちょうど半分。ちょうど半分なのに夏至の頃の日の出は3時50分頃。4時前というのに、まわりはもうピカピカに明るい。
 
 最近、庭でバラが咲き始めました。ハスカップは実がぎっしりです。緑も充満して、北海道は今が一番輝かしい季節です。あまりに短くてせつないんですが、季節の流れに身を任せ、季節の中を半ば陶酔するように生きてみる他ありません。この夏の時間をじっくり味わうのは秋になってから思い出の中で再び……。今はこの季節をただ懸命に生きてみるだけです。2002年、輝く夏の中、地図のない人生の道が続いていきます。