の世界
第90号 大雪山秋の撮影の旅から 2003年10月
●NO1

9月に入ると、大雪山ではその森林限界より上の地域ではそろそろ秋の気配が漂い始める。
今年の場合、沼ノ平付近では9/8に紅葉の盛期を迎えたという情報があったし、高原沼では9/15〜21日にピークを迎えたという情報があった。それでせめても、高原沼の紅葉に間に合わせようと僕たちは急ピッチでカレンダーの制作に励んだけれど、カレンダーの色校正がなかなか思い通り進まなかった。特に、最後まで7月の『多彩の花園』には手こずり4回目の校正でも100%の満足は得られないまま印刷に入った。今のカレンダーの紙は質感や匂いの点でとても気に入ってるのだけれど、写真の印刷をするには難しい紙だ。それで、今回少し色の白い紙を使って試しに500部だけ印刷してみた。しかし、結果は思いのほか良くなかった。手触りもさることながら、匂いがよくない。かといって、写真の仕上がりがいいかといえば、そんなに変わらない。結果的に、来年も今のままの紙でカレンダー制作を続けることになると思います。
それから、カレンダーの制作上、僕の細かな指示が最後まで伝わらないところもあって、デザイン的な不満も少なからず残っています。日付欄が少し上よりになっていることとか、土曜日の色合いのこととか、二十四節気を含むフォント(文字)の問題ですね。これらは最初に僕が構築した設計から少しづつ違ってきています。これらのことをもっと改善して、より完成度の高いカレンダーに仕上げていかないといけないと思っています。ただ、今回慶ちゃんの描く絵の色出しには、細かく指示を出したのでまずまず原画に近い色合いになっています。最初提出された色校正からはずいぶん良くなっていますので、機会あるごとに見て上げて下さい。
 おかげさまで、最近カレンダー&ポストカードの注文が数多く入って嬉しいさ一杯です!その途中経過ですが、作品 『晩秋の光』と『湖 影』が一番人気です。ある程度、人気になる作品は予想できるのですが、『晩秋の光』が一番人気が出るとは予想できませんでした。
 また、最近注文をいただく方のメッセージを読ませてもらって、心がうきうきしたり、自分の方向性までも決心をつけられるような暖かなメッセージをいただくことが増えました。始めた頃は、慶ちゃんの絵はない方がいいんじゃないか!とか、もっとカレンダーを大きくしろ!とか、色々と苦情めいたメッセージもたくさんありましたが、最近そういう人たちからは注文が来なくなり、メッセージを読むのが楽しくて、一枚一枚がんばります!ってつぶやく始末です。なかでも、僕の作品に対して『せつなさを感じるような作品が多いですね』と伝えてくれた女性の方がいました。この言葉は僕の心にぐっときました。もしかしたら僕はこの一言を誰かに言ってもらいたかったのかもしれません。
 僕は、ヴェートーベンの《春》のような陽気な雰囲気やシューベルトのセレナーデから感じるようなせつない雰囲気またはバッハのG線上のアリアのような陶酔的な雰囲気を写真で表現しようと思っています。しかし、とかく日常の業務に追われていたり、回りの人からの影響を受けていると、自分を見失うことがしばしばあります。 
 しかし、『せつなさを感じるような作品が多いですね』なんて言われると、僕は自分の心を取り戻して、音楽家が交響曲や協奏曲のような楽章のある世界を作曲するように、僕も写真の世界で、楽章のある写真集を綴ってみたいと思うようになります。でも、最近思うことですが、雰囲気を表現した作品集を創るには、もっと陶酔的な時間が必要な気がします。ぶつ切りになった日常をどんなにつなぎ合わせても、写真集は創れないことを実感します。もっとたっぷりとした雄大な時間が必要なのだと最近思います。
 さて、このようなカレンダー&ポストカードの発送はおかげさまで7年目を迎えましたが、今なお直接お金には結びつかないまでも、お金よりも大切な生きるための刺激が何にも代えがたいものになって心に残ります。こういう、心と心のつながり、言ってほしい一言、同じ感覚の共有!など最近特に大事です。これらがないと、寂しくて生きていけなくなります。
話は前後しますが、カレンダー制作に手こずり、結局大雪山森林限界上部の秋の撮影はできないまま、指をくわえて時間は過ぎていきました。予定では、トムラウシの秋の撮影など色々と立ててはいたのですが、また来年です。来年こそ秋の大雪の上部に行けるようにすでに準備を始めています。
 それでも9/30、この10年で一番早く大雪の紅葉の撮影に出ることができました。目標は東大雪の紅葉に間に合うことでした。大雪山の森林帯の紅葉のうち、東側の紅葉は西側よりも早くに終わってしまいます。そのため、僕たちはこの10数年東大雪の紅葉を一度も見ることができませんでした。それで、今年こそはなんとしても、東大雪の紅葉を見たかったわけです。
 9/30に函館を出発したため、その目標は達成されます。しかし、旅を通してあまりに穏やかな日が続き、ちょっと物足りない?旅になります。たいてい、この付近の秋の撮影に来ると、雪だ!峠は吹雪だぞ!とかタイヤは大丈夫か?なんていうふうに撮影以外のことで緊張感が走ります。しかし、今年は例年になく穏やかで、晴れる日が多く、毎日夢を見てるみたいです。
そんな穏やかな秋の大雪の撮影の旅を日を追って紹介していきます。

●NO2

まず、9/30日函館を早朝に出て、洞爺湖の近くにある壮瞥町の果樹園でリンゴを40個買います。(500円!)これがその後、役に立とうとは思いもよりませんでした。僕たちは旅に出ると、よく果物を食べるのですが、今回はリンゴです。どういうわけか、壮瞥町(そうべつ)は果樹栽培の盛んなところで、どのリンゴの木にも大きなリンゴがたわわに実っていました。ブドウ棚にもびっしりとブドウがなっており、果樹栽培の好きな僕は大喜びです。丘のうえの小さな写真館のある七飯町なども日本で一番最初に果樹栽培が始まりましたが、果樹の目標樹形の作り方が今ひとつで、ぼくは気に入りません。それに比べ、青森や壮瞥町の果樹園は目標とする樹形が美しく、とても写真になるところです。それにしても、日本のリンゴは大きく作りすぎです。樹に対して均整がとれた大きさの果実がなっているべきだと思いますが、樹に対して果実ばかり大きすぎるのです。大きいほど商品価値があるという理屈らしいです。味がいいから商品価値がある!というのなら納得もできるのですが、大きいから価値があるというのには、なかなか馴染めません。それから、最近のリンゴは甘すぎます。酸味がもっと乗ったリンゴがうまいのですが、なかなか出会えません。外国からどんどん刺激的な果物が入ってきて、応戦するだけでも大変な時代だと思うので、なかなか強くは言えませんが、なんかこう満たされないんですね。リンゴもみかんも好きなものだけに、こうあってほしいという気持ちが強くなります。僕の木の先生がおっしゃるには、英国の市場では今でも、酸っぱくて小さいリンゴが主流なんだそうです。それから、ある写真家の人の話によると、ヨーロッパの人は春になったとき、ここに果樹があるときっと絵になるだろうということを想って果樹を植えるんだそうです。そして、ある時の取材で、まわりがあまりに美しすぎて、どこを撮ったらいいか困ってしまった。というコメントを残しています。こういうことを聞くと、想いはどんどん大きく膨らんできますね。しかし、北海道の牧場、果樹園共に、春になったときの美しさを想って木を植えるようなことをしてくれません。それで北海道の春に牧場へいくと、がっかりさせられるのです。いつになったら春が来るか分からないような殺風景を感じるのですね。その昔、森や原野や湿原を開いて開拓して歴史が浅く、おまけに乳価が安く、厳しい労働を強いられる牧場経営。木を植えて、春の喜びを味わうなんていうゆとりのない北海道の牧場。おまけに、サイロは減り、牧草ロールも黒白のビニールをかけて発酵させるようになりました。ますます、北海道の牧場から牧歌的な風情はなくなっていきます。ああ、なくなる前にもっと牧草ロール写しておけば良かった、と後悔。経営が厳しくなると、生活からメルヘンがなくなっていきますが、経営者にとっても大事件でしょうが、僕にとっても一大事。このことは函館でも、同じこと。街中からメルヘン(ノスタルジー)が失われていきます。ぼくは、決して街の遺産を記録しているつもりではないのですが、結果的にそうなってしまいます。こんなはずではなかった。といつもしゅんとしてして撮影から帰ることが多くなりました。古い街並みを失った街は、思い出のない人と同じです。思い出は何よりも尊く、一番大切な宝物だと僕は思いますが、いかがでしょうか?
話は、大きく脱線しましたが、旅を続けていきます。
 壮瞥町でリンゴを買って、オロフレ峠に寄って、日勝峠を越える頃にはもうすっかり夜で、日勝峠を越え終わると、十勝平野です。夜の十勝平野を眺めながら日勝峠を下ります。あの光が一杯のところが帯広、あれ、あんなところに街の光?どこの街?なんて言い合いながら下っていきます。清水町のスーパーで腹ごしらえをして、一路東大雪に向かいます。東大雪に来ると晴れていて、早い内から満天の星空です。東大雪では思いの外、満天の星空で迎えられます。そのため、僕たちは東大雪に行ってしまわず、予定を変更して糠平湖が見える展望所へ入っていくことにします。運が良ければ、糠平湖と北天の星の軌跡が撮影できると考えたからでした。しかし残念なことに、北天低くには雲があって撮影は断念しましたが、天の川が東から西に向かって全開で見ることができました。今回の旅に同行していた息子の有情 (有〜ぽん)に天の川を見せて上げる絶好のチャンスだと思って、色々と講義します。彼は、この時、あと6日で4歳になろうとしている時だった。そして、視力といい、目の大きさ(ひとみ径のことで、人は7mmまで開くと言われるが、これは最大口径のこと。栄養状態の悪い人などでは、5mm開くかどうかわからないだろう。)といい、おそらく最高の条件で見ているのだろう。ただ、年齢的に難しいかもしれないと想われたが、彼は一応、天の川が分かるみたいだった。 「あの白い雲みたいなやつでしょ?」ってしきりに言っていた。慶ちゃんはくじら座のα星であるミラを探し回っていた。彼女はミラという車に乗って長いので、親近感があるのだろう。ミラは変光星なので、僕にはその時見えなかった。しかし、彼女は見えるという。視力の違いだろうか?現代社会、視力とひとみ径を長い間維持することは大変なことだ。その点、彼女はすごい。今回の旅には赤道儀を持ってきていなかったので、撮影することはできなかったので、僕はその時後悔していた。月齢の関係で恐らく撮影はできないだろうと考えたのが甘かった。北西の空に帰って行く、夜空の白鳥を見ながらその夜は悔しい想いを胸に眠りについた。
 次の朝は穏やかな朝だった。朝の食事を作りながら僕は双眼鏡で糠平湖の水面をじっと眺めていた。すると、湖の中では何匹かのアメマスの魚影を見たにすぎなかったが、湖面に無数のツバメがいることに気がついた。それで、食事の後、どれどれという感じで近づいていった。すると、ダムの堰のところにびっしりとツバメが張り付いていて、彼らの存在に気がつかない車が通るたびに彼らは飛び立ったりを繰り返していた。そして、数時間ぼ〜っと彼らの動きを見ていたが、ある時いっせいに飛び立ち、ついに堰に一匹のツバメの姿も見えなくなった。

南に旅立つ寸前のツバメたち
●NO3

その後、何時間待っても彼らはもうそこには戻ってこなかった。ああ、あの瞬間がツバメたちの旅立ちの瞬間だったのか?!そう考えるほかなかった。暖かい日の午後のことだった。素人考えなら、午前中に旅立てばいいのになあ?と想うが、彼らは午前中はずっと堰に張り付いたり、湖面を飛び回ったりしていた。もし、本当に旅立ちの瞬間なら無事に南の国へ行けよ!と心から願う。僕は、最近渡り鳥に妙に興味があったところだったから、なおさら関心が高かった。今まで、こういうツバメたちの姿も見るだけで、写そうとはしなかったが、これからは少しは写していきたいと思っている。でも、渡り鳥になりたいと思っている自分が、渡り鳥を撮れるだろうか?南から北から鳥たちはここに来る。その鳥たちを待っていて、撮るようなことができるだろうか?よくわからないけれど、今僕は彼らの旅の安全を祈るほかない。
 その日は、ツバメたちの巣立ちを見て満足したので、撮影は切り上げて、念願だった岩間温泉に行こうと思った。岩間温泉は東大雪、石狩岳山麓にある露天風呂で、今まで一度も行ったことがなかった。湯船が音更川支流沿いに造られ、脱衣所があるだけの簡単な露天風呂だ。もちろん知る人だけが知っている無料の露天風呂である。女性の人は裸になることはさすがに恥ずかしいと思うけれど、誰かを見張りにつけられれば十分入れると思うので、彼氏か誰かと是非入りに来てほしい。湯加減も風景もよくて素敵なひとときが待っています。

岩間温泉。湯の色が綺麗です。湯船の向こうに流れているのは、音更川支流です。
10/2雨。紅葉の撮影には雨は最高の贈り物。その日は、東大雪三国峠の白樺林などを撮影して回った。その日以来、慶ちゃんの体調が思わしくなく、どうも風邪の様子。有〜ぽんの風邪がうつったようだ。二人して、風邪がひどくならないように必死に抵抗を続けながら撮影を続けた。この風邪を治すのに、僕たちはリンゴを食べ続けたのです。
 10/3天候晴れ。クマネシリ岳南麓へヌカナン川に沿って上がる。ここは、鹿の捕獲が禁じられているらしく、鹿との距離が近く、何頭かの鹿と出会う。理由は分からないけれど、とてもいい気分。針葉樹も適度に生長していて、ここをバンビの森と名付ける。最近、道東などで鹿が増えていて、色々と問題になっている。これは、鹿の捕食者である狼を絶滅に追い込んだからだ。
残念なことに、狼を絶滅に追い込む端緒になったのは、北大に来たクラーク博士の指示だった。もちろん、明治の北海道開拓から狼は逃れることはできず、いずれ滅ぶ運命にあったのだろうけれど。それにしても、北海道に狼が生き残っていてくれたら、どんなにすばらしいだろうと思う。取り返しのつかないことをしてしまったと思うしかない。そこで、遊びのハンターが鹿を鉄砲で遊びで撃ち殺すようなことが起こってくる。そして、下品な人になれば鹿の首を車の前につけるような者までいる。ぼくはそういう人種を心から軽蔑する。住む世界が違えばどんなにいいだろう!!遊びで鹿を殺すなど、何でも遊びでアウトドアなんていう者がいる反面、鹿との交通事故が多いから、スピードを落として下さいと、ボランティアで活動している女性の方もおられるようで、ほっとする。北海道来たらスピードダウンよろしく!鹿のためです。僕からもお願いします。
 10/4この日は、然別湖を撮影する。然別湖に来るのは決まって季節はずれのことが多かったので、紅葉の盛期に来るのは今回が初めて。思いのほか綺麗でびっくり。紅葉の湖の作品は然別湖での作品です。本当は東小沼(東雲湖)に行くつもりだったのですが、車上荒らしが出ていますので……という看板を見て断念。
その昔、僕は富良野で撮影機材をほとんど持って行かれた苦い経験があるので、車上荒らしにはとても敏感になっています。最近、北海道各地でこのような看板を見るようになりましたので、ご注意下さい。車から離れるとき、何か恐ろしいマーク(何とか連合とか何とか組)でもつけようか?とか話すことありますが、今まだ実行していませんが、将来考えることになるでしょう。みなさんもお気をつけ下さい。僕の父の友人などは、羊蹄山の登山から帰ってきたら車のガラスが割られていた、と言うことです。
 10/5 高原沼の撮影。高原沼というのは、大雪山高根ヶ原の東斜面に点在する沼を巡るところで、高原温泉というところに登山口があります。ここは、紅葉の美しいところで、秋になると、大勢の人が訪れるところです。ここは、ヒグマの保護地区になっており、ヒグマ情報センターという仰々しい名前だけの施設があります。その施設の壁には、最近この地区でヒグマを8頭目撃、施設始まって以来!なんていう掲示がありました。しかし、このことは裏返せば、ヒグマの生息環境が狭くなっているということを意味し、喜ばしいことではないはずです。それをこのようにほこらしげに掲示するとは、何という浅はかな!と僕は驚きました。ヒグマに対して素人の人ばかりで、真面目にヒグマの立場になって考えられる立場の人がいないのですね。日本という国は、科学的になんと遅れた国なのか!と恐ろしくなります。「ある特定の地区でヒグマが増えた!→良かった!」という浅はかな結論だけはやめてほしいものです。これは、科学ではない。遊び?そう思われても仕方がないですね。こういうことと出会うたびに、僕はアメリカに嫉妬します。僕が卒業した北大水産学部のことを例にとってもうなづけます。先生の話によると、アラスカ大学ではそのキャンパスの中に川が
クマネシリ岳。通称おっぱい山。なかなか いい形です。〜東大雪 三国峠より〜
流れていて、その川に鮭が遡上してきて、産卵をする!というのです。その写真を僕は見せていただき感動しました。しかし、北大ではキャンパス内をドブ川が流れていて、教官たちは何とも思わないと、その先生は嘆いておられる。北大の本学もそうですね。生徒が川でおぼれたら困るといっては、川をコンクリートで固めようとする!その昔、北大の中央ローンは鮭の産卵場だったのです。それが、今では大学生が川におぼれたら困るので、コンクリートの護岸をされた川になっているのです。
 高原沼では人間の側の自然を守る甘さを感じましたが、それはあくまでそこを管理する人たちの甘さであり、そこの自然は問題なくすばらしい。僕たちが行ったときは、すでに、晩秋の気配で、葉っぱはほとんど残っておらず、少々寂しげな雰囲気。しかし、とても気持ちのいい秋の日差しが降り注ぎ、さわやかな一日です。僕は、ショウコノ沢の撮影に時間をかけてしまい、肝心の式部沼、大学沼あたりの撮影があまりできなかったのが心残りになりました。何といっても、式部沼が見え、正面に緑岳が見えてくるときが一番感動的です。今回のポストカードの中に『北方の彩り』という作品があると思いますが、これはこの式部沼付近から見た高根ヶ原東斜面の紅葉です。この作品を撮影したのは8年前の秋。その頃の僕では夢中で撮影できたとしても、ここの良さは
分かりませんでした。しかし、8年たった僕は確かな手応えとして、ここの良さを全身で受け止めることができます。体全体でここのすばらしい雰囲気を受け止めることができるようになったのです。ここは、8年ほどで何ら変わっていないですから、僕の方が変わった。では、いったい僕はどう変わったのでしょうか?どうして8年前良いか悪いか判断できなかったことが、判断できるようになっていくのでしょうか?不思議です。道中、品の良い老夫婦に「あそこに見える山は何?」声をかけられます。そこで僕が「あれは、緑岳です」と答えたら「そんなはずはない。僕はしょっちゅうここに来ているけれど、緑岳はずっとこっちの方にあるはずだ!」というのです。実は、僕は地形図を読むことが好きでどこに行っても地図と照らし合わせながら前に進んでいきます。
だから実は僕には絶対の自信があったのです。それで、「お年を召した方は経験だけを頼りにする人が多いなあ〜」と心の中でつぶやきながら、先に進んでいきました。すると、その途上、さっきの老夫妻がもう下山してきていて、すれちがいながら「さっきはごめんね。やっぱり緑岳だったよ!」って照れくさそうにいうのです。「いやあ、僕は地図を見てたから、知ってたんですよ」と返事をします。こうして、お二人とは別れるのですが、こんなことは初めてです。とてもいい気持ち。思いこんだら一筋、自分を通す人が多いと思うことが多い中、どうしたわけか、おかしいことに気がついて僕のような若造に頭を下げていく人がいると思うと、ほっとします。自分の間違いを素直に認めるって、思った以上に大変なことだと思います。
 
高原沼巡りですっころんで泥だらけの有〜ポン。3歳最後の日のことである。
10/6有〜ぽんの4歳の誕生日。朝は雨だったけれど、少しづつ回復。白金温泉の白髭の滝の撮影。撮影開始の瞬間、雲に覆われていた十勝連峰から雲が消え始める。白髭の滝は一枚も撮影しないまま、雲が消えていく美しい十勝連峰の姿を撮影。しかし、いったん全貌を現した十勝連峰も、1時間ほどでまた雲に覆われる。なかなか続かない。その夜は銭湯に行くが、銭湯から上がってみると、大きな月が出ているものの、オリオン座が東の空から出始めている光景に出会う。急いで、白金の牧場に急行。牧場から十勝連峰に昇るオリオンを撮影する。あまりに久しぶりなので、露出が分からず苦労するが、結果はまずまず。月が沈んでからは、星空の美しさに圧倒される。赤道儀を持ってきていなかったので撮影できなかったが黄道光を楽しみにしながら夜の牧場をあちこち撮影していた。明け方近く、しし座が上がってくる頃になって、予想以上にすごい黄道光が東の空を覆った。冬の天の川とクロスする感じで出るのだが、あまりに強烈で冬の天の川が消えて見えなくなってしまった。黄道光とは夜の太陽の光なのだけれど、太陽の影響力には驚いてしまった。普段、街明かりが強烈すぎて見えない黄道光だけれど、実際には、黄道光の影響で星空って見えなくなるんですね。 認識が変わりました。
 10/7上ホロカメットクの撮影。今まで見たこともないほど美しい色彩だった。あと、十日で長い冬じまいにはいるところ、十勝岳温泉からこれを写す。去年、僕の友人がこの山で遭難しかかった。遭難して、岩陰に身をひそめていたとき、大流星を目撃したという。彼は星の知識がないので、花火か幻惑かと思ったそうだが、この日、大火球が北海道の各地で目撃されているのだ。彼は次の朝、自力で復活したが、とんでもない経験をしたと思う。
 10/8念願であった、裾合平(旭岳北麓にあり、すそあいだいらと読む。ピウケナイ沢が造った広い谷で、チングルマの群生で知られる)に行く。ロープウエーがあるので、簡単に行くことができる。ロープウエーを下りるともうすっかり雪景色だった。旭岳がまぶしい。本当は、初冠雪の時に来たかったけれど、カレンダー制作の影響でこの日になった。 あたりは、すでに雪が15cm程積もっていて、もうすっかり冬のよう。この日、出会ったのはわずかに二人。黒岳からの縦走者の人だった。旭岳方面からは僕たちだけ。この日は終日良く晴れて、すばらしい一日になった。有〜ぽんもがんばって中岳温泉まで歩いた。 
そして人がいないことも幸いして、僕まで中岳温泉に入ることができた。中岳温泉はピウケナイ沢の支流、雲井川の源頭部にわく温泉で、登山道沿いにあり、みんなの憩いの場になっている。しかし、人が多い時期にはなかなか裸になることができないので、湯船につかることができない。しかし、この日は有〜ぽんはもちろん、僕まではいることができたので、とても幸運だった。一生の思い出になる。なにせ、3日は匂いがとれなかったほどの温泉です。
 この裾合平には、大塚山という小高いピラミッド状の山があります。僕は、この大塚山を入れて北鎮岳を望む風景が好きで、この日もここの冬の姿が見たくてここに来た。作品はこの時のもので、手前左が大塚山で奥の白い山が北鎮岳。本当はもっと黒銀の世界をイメージしたけれど、これでも十分満足。いい作品をつくることができたと思っています。黒銀のここの風景は今後に期待したいと思っています。
 10/9雨竜沼湿原を撮影。10/10樽前山から見る、ナナカマドの大樹海の撮影。続いて支笏湖畔の巨木の森を撮影して全撮影の予定を終了して一路函館に帰ります。全走行2800H。今回はたくさん走りました。今回は初めて有〜ぽんも行きましたが、思った以上にがんばってくれました。細かいことを言えば、寝袋に寝小便をしたりしましたが、誤差の範囲でしょう。今度はいつ旅立てるか未定ですが、旅立てる日を夢見ながら、今は冬の撮影の準備に追われているところです。ああ、そうそう最近太陽活動が活発で、極地方ではオーロラが舞っているそうです。うううう、行きたいですね!僕としては3〜4月頃にオーロラの活動が活発になってくれるといいなあと勝手なことを思っています。3〜4月頃の北欧なら、適当に昼間もあるし、夜もありますし、残雪も綺麗だと思いますしね。これはいつか必ず実現したい夢ですね。
ということで、今回は少し長くなりました。慶ちゃんによると重量的に5枚まで書いてもいいそうで、今回は5枚になってしまいました。これから寒くなってきますが、お体大切に過ごし下さい。失礼いたします。
もうすっかり冬になった裾合平を行く、慶ちゃんと有〜ぽん。小さくて見えないけれど、ジャックウルフスキンのオレンジのリュックが可愛い。彼は自分の食料を背負っているとほっとするようだ。前方に見える雪山は北鎮岳。歩いているところは旭岳北麓の斜面。 ここからは、なだらかにこの斜面を下って、裾合平に出る。そこには沼ノ平方面との分岐があって、これを右折してピウケナイ沢に沿って、今度は東に向かう。そして、作品にある風景の中をしばらく進み、突き当たりに中岳温泉がある。有〜ぽんでも一日で往復できる。
裾合平 ピウケナイ沢支流 月の川の冬の様子。
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