★No.2
僕の関心事は星形の五稜郭の全貌を入れるには、何ミリのレンズが必要か?ということだった。
というのも、中野社長からタワーを高くするということを聞いて以来、是非とも高くなったタワーからこの星の城郭に雪が舞う写真を撮りたいとずっと思っていたからである。
そして、五稜郭は冬になると市民の有志の手で堀に電飾が施されて、それが冬の大地に浮かび上がるのだが、その姿を高くなったタワーから見る姿はそれは美しいだろう!とずっと想像を膨らませていたからである。
しかし、新タワーから見る五稜郭全景は想像以上に広大であった。
最近揃えた自慢のハッセルブラッドの40mm広角レンズを勇んで持っていったが、五稜郭に向けるやいなや、そのレンズを通して見た感じは「まるで標準レンズをのぞいているよう!」であり、全然全部入らない。
僕は即座にこれは手強いと思った。それで、ハッセルブラッドはあきらめてライカにエルマリートR24mmをつけて、のぞいてみた。先程のハッセルの40mmよりかは幾分ましだが、これでもはみ出る。
結論として、今の手持ちレンズでは五稜郭の撮影はできないということがわかった。中判カメラでは先程の40mmよりずっと広く撮れるレンズといえば、魚眼レンズしかない。
確かに魚眼レンズも候補である。魚眼レンズもつい最近、オーロラを撮るために買ったばかりである。しかし、魚眼レンズの欠点は周辺が大きく歪むことである。これでは端正な城郭の姿を写せるかどうかわからない。
しかし、魚眼レンズは水平線を画面の中央に持ってくると、歪みを最小限に抑えられるので、この方法でなら撮れるかも知れない。
しかし、その方法よりもライカなど小型カメラの超広角レンズに委ねる方が賢明だろう。
小型カメラには広角レンズと魚眼レンズと間にも「超広角レンズ」というもっと広く写せながら魚眼レンズのように歪まないレンズ群が用意されている。
それも今では14mm、15mm、17mm、19mmといった様々な焦点距離のレンズが揃っている。
ハッセルブラッドなど中判カメラにはこうした 「超広角レンズ」というのはなく、「超広角レンズ」の存在は小型カメラの最大の長所になっているのだから。
しかし、こうした超広角レンズ群は画角が人間の視野の2倍以上に及び、レンズ設計も大変で、周辺で大きく歪んで写ることは否めないし、鮮明な写真を撮るのは大変なことになる。
そういうわけで、レンズも大変高価になり、僕は憧れながらいまだに純正を買ったことがない焦点域なのである。
このように、今の戦力で対応できないことは残念なことだが、端正で、美しい五稜郭の撮影のためこの冬までに結論を導かなくてはならない。
タワーからの撮影の話しが長引いたが、今回の作品は五稜郭の城郭の堀からタワーを写したもの。
背の高い方が新しいタワーで、低い方が旧タワー。この二つのタワーが並んで見えるのも今宵限りと3月31日の夕刻に撮影に行った。
4月1日からは旧タワーのライトアップは消え、全て新タワーに移行するのである。従ってこうしたツインタワーの様相が撮れるのも今宵が最後ということであり、僕は最後の宵に全てを賭けた。
歴史的なニュアンスも感じ取れる。僕はこの作品を『去りゆく時』と題した。
低い方の旧タワーは5月31日でもって解体され、41年間の歴史に幕を引く。ある方面からツインタワーで!との要望もあったらしいが、中野社長は新タワー一本に移行することを決心した。
潔いことである。そんな社長のためにもこの変わり行く時の移ろいをきちんと写真に残すことは必要なことだろう。そんな想いを僕なりに込めた一枚である。
幸いにも、その宵は風が強かったが、晴れて、三日月が宵空を飾った。
僕はハッセルブラッドに、ディスタゴン60mmをつけ、堀に二本のタワーが写り込むところを選んでライトアップされるのを待った。
旧タワーの方は先にライトアップされたが、新タワーの方はいつまでたってもライトアップされない。
こうした撮影では宵の帷が落ちてしまったら写せなくなる。
夕刻の光が徐々に暗くなりながらもまだ残っている折りに、徐々にライトアップの明かりが明るくなってくるその微妙な交錯の瞬間を写さなければならない。
僕は、雲に出たり入ったりを繰り返す月の様子に注意を払いながら、空の露出を一絞りオーバーに設定して撮影した。空の露出が一絞り露出がオーバーになると、少し諧調は失われるが、目で見た感じよりも少し明るく写る程度ですむ。
しかし、暗くなりがちな堀に蓄えられた水はその分明るく写せるのである。
自分がこうだと思った撮影のチャンスはほぼ2分間しかなかった。でも、本当に2分間もあったのだろうか。少なくとも僕には一瞬の間に感じられた。
そんなとき合わせて注意しないといけないことは、新タワーのハイライトが飛ばないようにすることと、月が動いてしまわないことである。そのために、僕は絞りをF4として、できるだけ速いシャッター速度になるようにした。その結果、感度100のフィルムで露出1秒で写すことができたのである。
こうして、仕上がったフィルムを見て、良し!と思った。ハッセルブラッドのディスタゴン60mmはほとんど絞り開放に近いF4での撮影にも十分耐えて、見事な解像力を見せてくれた。
このフィルムはおそらく1m四方に伸ばしても全く破綻しないプリントになるだろう。こうしたギリギリの撮影状況に立たされたとき、あらためてハッセルブラッドの有り難さを感じる。
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