今年の春は雨が多く、気温の上がらない日が続いた北海道は、例年に比べて桜の開花が遅れた。
そのため、たいていはゴールデンウイークの前か、その最中に満開となる五稜郭の桜はゴールデンウイーク後の5月14日頃に満開となった。
感覚的には、例年より10日ほど遅れたように感じられた。
それで5月15日、16日、17日の3日間、僕は待ちに待った五稜郭の桜を写しに出ることができた。
その一番の目的は上の写真にある新タワーからの五稜郭全景の撮影をすることだった。
そのうち、16日は霞みながらも夕刻間近には透明度も上がり良く晴れて、上の写真にあるように実に抜けの良い、五稜郭の全景写真を撮影することができた。
15日は、風邪の影響で頭痛と吐き気に苦しめられながらの撮影だったが、明けて16日の撮影は体の調子も良く、空気も澄んで申し分のない手応えを感じながらの撮影となった。
上の五稜郭の全景はライカの広角レンズ、エルマリートR24mmで撮影している。
このレンズを付けてファインダーを覗くと、広角レンズ特有の歪みが少なく、意外なほど端正に見えたので、これでも良いのだが、やはりもう少し広く撮りたい!という強い気持ちも抑えがたかった。
このことは事前にわかっていたことだったので、僕はしばらくもっと広く撮れる広角レンズを探していた。
第一候補はライカの最新のエルマリートR19mmというレンズだったが、新品では25万円、中古でも15万円もするレンズであったので、桜が満開になる3日前まで悩んだが、結局この春はあきらめてしまったのである。
19mmともなると、その画角は対角線95度に及ぶ超広角レンズで、普段僕はこうした超広角レンズをほとんど使わないことから、買うのをためらってしまったのである。
しかし、五稜郭全景の本丸となるのは冬に電飾された五稜郭の撮影であるため、絶対に冬までにはエルマリートR19mmを携えなければならない!
五稜郭は冬になると、市民の有志によって電飾が施され、それが雪原に星形に浮かび上がる。その姿が今年の冬からは新タワーの新しい視点より撮影することができるからである。 ぼくはこうした星形に電飾された五稜郭に雪が舞う姿の美しさを長年夢見てきた。
透明度の高い冬の宵に、光が点々の灯された雪で覆われた白い大地に、雪がはらはらと舞う様子は何度見ても心にしんみりと来る。大地の底が透き通って、地面の底が見通せるかのうような美しさ。雪の女王が支配するそんな世界を垣間見ることができるのである。
そして、僕は今までこうした世界の美しさを完璧に満足できるまでに引き出せていない。今まで発表してきた作品はどれも実際の美しさに劣るものばかりで、それらを見たお客様方から「感動しました」と激励のお手紙をいただいても、心苦しかったのである。
そして、心の中で何度も「がんばります」とつぶやいていた。今年の冬こそライカの19mmを携えて、冬の大地が見せる最高の高まりを写してみたいと思う。長い冬のことであろうが、チャンスはそう多くはない。チャンスはほんの十数分しかないだろう。それを見極めることができ、その時に僕がライカの19mmを携えていたら、必ずや自分の想う五稜郭の美しさを完璧に記録できることになるだろう!
■五稜郭タワーを後に
五稜郭タワーからの全景の撮影は太陽の差し込む角度のことを考えて、30分ごとに数枚づつ撮影していった。
経験的に数少ない桜を浮き出すように写すには「できるだけ強い横からの光が有効」だと知っているからである。
なぜなら、ものは横から当てた光によって立体感が生まれ、それに夕刻の赤い光が加わることで桜の存在が普段よりもより強調されるのである。しかし、春のように霞んだ夕刻は大気のもやの関係で、日が傾けば傾くほど、光が弱まってくるので、この丁度よい案配を見計らう必要があるのだ。
こうして、僕は最初のページの桜の五稜郭全景を撮った。たったこれだけのことだが、僕はこの一枚のために4時間ここに居座っている。
そろそろ、夕刻の光が弱まってきた頃、重い腰を上げて、五稜郭タワーを後にする。
そして、ライカを三脚に付けて軽快に堀の側を歩いていく。普段のハッセルブラッドと違って実に軽快な足取りである。
夕日が差しこんで、美しく輝きを放つ桜を次々に写していく。露出計もカメラに内蔵されているので、わずかな補正を加えるのみで、実に快適な撮影である。
しかも、ライカR8のファインダーの見え味ははなんて綺麗なのだろう!桜の花びらの一つ一つ、樹幹に刻まれた黒々とした切れ込みが鋭く目に焼き付いていく。
そして、とうとう太陽が沈むその瞬間に五稜郭一の橋側の枝垂れ桜のところまでたどり着く。夕照が桜をより赤く、より鮮やかに染め、普段の淡いピンクのソメイヨシノがまるでオオヤマザクラのように色濃く染まる。
何年か前、五稜郭の桜は強い剪定を受けて、ほとんどの桜が頭を抑えられてしまい写真になりにくくなった。
しかし、前ページの作品や上の写真のように光の状態を見極めながら根気よく探していくと写真に撮れる瞬間がまだ結構あることに気がつく。
確かに全体、全景はぱさっとして寂しいのであるが、部分部分良いところを見ていくことも必要であり、そうした良いところを探し回って撮る撮影にはライカのような小型カメラは実にいい。
しかし、この枝垂れ桜の撮影だけは翌日の夕刻にハッセルブラッドも持ち出して撮影する。このときは、夕照だけではなく、夕焼け雲に照らされて、赤く燃えた桜花まで撮ることができてまさに幸運だった。
桜の時期はこうして終わっていくが、五稜郭では次の季節巨大なツツジや藤が満開を迎える。そして睡蓮も美しく堀を飾るようになるだろう。
せめて、もう一度時間が許せばツツジと藤を撮りたいという想いが胸にある。
しかし、5月の北海道はあちらを撮ればこちらが撮れないという、贅沢な季節でもある。五稜郭のツツジや藤を撮るためには、その分あきらめなければならないことも多い。
まさに寝ている暇などないのが五月の北海道である!
|