2004年、2005年と昨年までは6月になると僕たちは本州の撮影に出かけることにしていた。
しかし、2006年である今年は、本州に出かけることはなく、実に静かに北海道のそれも丘のうえの小さな写真館の回りで過ごした。
しかし、それはそれで旅とは違った季節との触れ合いがあり、めまぐるしく充実して6月は過ぎていった。
撮影では、「岩」の撮影をライカでどこまで可能か、という課題を見極めることと、ライカによる「月」の撮影の二つが主な課題だった。
今までマミヤM645にカラーフィルムを入れてやっていた頃、そんな機材やカラーフィルムで岩を写すということはあきらめる他なかった。しかし、それが白黒をやり、ハッセルブラッドやライカを使うようになって「岩」を写すという課題に挑戦していくことが可能となり、この6月はその課題のレッスン1を学び始めたのである。
では、なぜ「岩」であるのか。別にこれから「岩」ばかりを撮ろうというのではない。
言い換えれば、眼前に存在する「存在」そのものを写そうとしている。僕の目の前には神様が造った「岩」があり、「木」があり、「山」がある。その「存在」の魂とも精霊とも言える宿る心を撮ろうとしている。そのために、ライカとハッセルブラッドを揃えてきた。手抜きしないで造られたカメラやレンズでなければ物の心は写らないと信じているからである。
では、実際に国産のレンズとライカやハッセルブラッドはどこが違うのか、作成されるプリントのどこか違うのか? 多くの人は口を揃えて国産のカメラは優秀だという。
しかし、いったい優秀とは何を指して言っていることだろうか。
人によって、優秀であってほしいところが違う。
ライカやハッセルブラッドは確かに国産に比べて劣るところは多数あるのだが、そのプリントの仕上がりを見ると、国産レンズで撮影して得たプリントと全然違う。>
では何が違うのか?少なくとも「線の出方と諧調が違う」と言える。
線の出方とは対象物の輪郭の出方のことだ。
国産は見せかけだけのきりっとした輪郭を造ろうとする。
そうすると、パッと見ると、シャープな印象を受けて、多くの人はこれにころっとだまされる。
しかし、こうした化けの皮は写真を大きく引き伸ばすと、アッという間にはがされてしまう。途端にぼけ始めるのである。
これがライカあたりになると、かなりの強拡大に対し、持ちこたえるようになり、破綻するところがかなり遅くなる。諧調があるからである。
また、線の出方の美しさは見事である。
ただこれはライカの中でもレンズによって異なった線の出方をする。
僕が愛してやまないズミルックスR80mmというレンズは一本のきっちりした線を造り、その回りになだらかな滲みを描き出す。
国産では考えられないほどの高価なガラスを使用した結果、こうした写真造りを可能にする。
僕は今まで国産に騙され続け、そのためにライカさえも信じられずにいたが、最近になってようやく少しずつだけれど、ライカなら信じて良いのかも知れないと思うようになった。
21才で始めた写真は、その当時、国産の2流メーカーのレンズだった。
何をどんなに工夫しても写真は6切りでぼけた。僕の心にはその時に傷ついたトラウマがあり、あれから20年たっても怖くて風景に小型カメラを向けられなかったのである。だから僕がライカといえども風景に小型カメラを向けることは自分の傷ついた心への挑戦であり、いまそれをやっている最中だと言えるのです。
■今月の白黒作品
今月の白黒作品はそうした小型カメラの中で、唯一信じられるかも知れないライカを強いて使い、特に難しいと考える「白黒で対象の心を写す」テーマを選んだ。
この作品はそうしたコンセプトとは少しはずれるのだが、そうしたコンセプトの途上撮影したものである。>
場所は、道南、亀田半島先端近くの噴火湾側にある獅子鼻岬近くにある小さな入り江である。
機材はカメラはライカR7で、レンズはズミルックスR80mmをF8まで絞り、露出はオート、フィルターは無しで撮影している。
またフィルムは富士フィルムのアクロス100というフィルムをミクロファインという微粒子現像液を1:1で水で希釈して20℃13分現像している。
この1:1で希釈した現像液の使用は初めての試みであった。標準現像液を水で希釈して用いると、粒子は荒れるのだが、シャープネスは向上する。
希釈することで粒子を細かくする作用をする亜硝酸ナトリウムの割合が半分かそれ以下に減少することが原因である。このことによって、粒子は荒れるが、粒子の輪郭が鋭くなり、結果、シャープな印象を保てる。
この方法は岩などに最適と考えて実用してみたのであ
その結果、岩のシャープネス向上と共に予想より美しい粒子を作れた。驕B>
今まで、粒子を細かくすることばかりを考えていたが、最近では粒子のことよりも、「粒子の形」や「粒子の輪郭」を気にするようになっていたので、そんな僕には朗報であった。
作品の場所は小さな入り江であり、写真には写っていないが、その背後には洞穴があり、写真の上やや右側には小さいながら滝が落ちている。
こうした小さな入り江は、訪れる人はなく、人の気配を全く欠き、ずっと以前からそこにこうして存在していた。
そしてうち寄せる波は繰り返し繰り返し、玉石の角を落とし、波間を掘り下げていったのだろう。
こうした永劫の繰り返しと人の気配の無さ、もし子供なら隠れ家を見つけだした喜びに一晩眠れなくなるようなところ…。
こうした小さく野性的な場所が北海道道南には至る所に存在している。
観光客の多数訪れる派手やかなところは少ないのだが、こうした極秘の隠れ家が道南には太古より今なおそこに存在している。
こうしたところこそ北海道道南の魅力と言える。
今だ未踏に近いものを発見した喜びに満ちているのだ。
海もそうなのだが、道南では山も川も丘も…誰もそこを観光地ではないから通り過ぎていく。観光同様、写真の世界でも道南は全く省みられない。
写真の全国版の雑誌で道南が紹介されるようなことは全くない。
しかし、僕はそんな人の気配を欠いた道南がことのほか好きであり、この6月にもそんな道南をライカを持って彷徨った。そして、物の心を掴むために精神を落ち着ける努力を重ねながら、ひたむきにこれを写していった。
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