丘のうえの小さな写真館のメイン撮影機材
☆★☆ R型 LEICA ライカ R9 & R8&R7 ☆★☆
R7+エルマリートR135mmf2.8+2×アポ
R9+アポエルマリートR180mmf2.8
■■■ Rライカレンズ群 ■■■
<主系列>

■フィッシュアイエルマリートR16mmf2.8

■スーパーエルマーR15mmf3.5

■エルマリートR19mmf2.8

■エルマリートR19mmf2.8 旧型カナダ製

■スーパーアンギュロンR21mmf4

■エルマリートR24mmf2.8

■エルマリートR28mmf2.8

■ズミルックスR35mmf1.4

■ズミルックスR50mmf1.4

■マクロエルマリートR60mmf2.8

■ズミルックスR80mmf1.4

■アポ・ズミクロンR90mmf2 ASPH.

■アポマクロエルマリートR100mmf2.8

■エルマリートR135mmf2.8

■アポ・エルマリートR180mmf2.8

■アポ・テリートR280mmf4

■アポ・テリートR280mmf2.8

■アポ・テリートR400mmf2.8/4

■アポ・テリートR560mmf4/5.6

■アポ・テリートR800mmf5.6

■アポ・エクステンダーR2×

■エクステンダーR2×を3個

<副系列>

■バリオ・エルマーR21-35mmf3.5-4 ASPH.

■バリオ・エルマリートR28-90mmf2.8-4.5 ASPH.

■バリオ・アポ・エルマリートR70-180mmf2.8

■エルマリートR180mmf2.8

■アポ・テリートR180mmf3.4

■アポ・ズミクロンR180mmf2

■テリートR250mmf4

■ミラー・テリートR500mmf8

■キャノン MP-E65mmf4 1×〜5×マクロ

■望遠鏡 タカハシ FCT-76 フローライト

■望遠鏡 タカハシ FCT-100 フローライト

■顕微鏡 ライカ Mz125

■引伸機 ライカ フォコマート2C

■フィルムスキャナ フレックスタイト848

★過去のレンズ(今は使っていない)
■バリオエルマーR35-70mmf3.5
■エルマーR180mmf4
■マクロエルマーR100mmf4
■ズミクロンR50mmf2
■ズミクロンR90mmf2
■■■ なぜR型ライカLEICAを使うのか ■■■
僕は長いこと、フィルムの大きさが作品の質を左右すると考え
風景は“中判カメラで撮るもの”と思っていました。
それで学生時代に猛烈に中判カメラに憧れます。
そして学生時代に父からの援助を受けてマミヤM645一式を購入、
それ以来、10年の長きにわたりニコンでそれを補いながらマミヤM645をメインで使い続けます。

しかし、ある時、ある方の援護によりハッセルブラッド一式を購入、
それ以降はハッセルブラッド中心に撮影をしていきます。

その間は
35mm判、いわゆる小型カメラは中判を補う程度にしか考えていませんでした。

ところが、2004年頃から、
フットワークの軽い撮影を目指すようになり
特に大雪山などで、ニコンをかなりの頻度で使うようになると
ニコンではその画質に不満が爆発、
写真展などで「プロのくせに!」と言われることがありました。

それが契機になり、
“画質とフットワークの軽さの両立はできないか?”
と、非常に強くこの問題を考え始めました。

その模索の途上、僕が真っ先に目をつけたのが、M型ライカでした。
M型ライカはミラーが動かないことや小型であること、レンズが優秀であることなどから
きっと画質とフットワークの軽さを両立させてくれるだろうと期待しました。

しかし僕には、M型ライカで風景が撮れない!ことを悟るのです。
つまり、一眼レフを使って風景を撮ることに慣れた僕には
レンジファインダーのM型ライカを使って風景を撮ることができなかったのです。

その後、すぐにR型ライカ、つまり一眼レフのライカを試しに使ってみます。
ところが、一番最初に使ったR型ライカは
ライカR6.2という機械式カメラと
バリオエルマーR28-70mmというレンズの組み合わせだったんですが
これを使ってみて、まず僕はR6,2というカメラのシャッターの感じが嫌いと感じ
またバリオエルマーR28-70mmf3.5-4.5の写りにげっそりしました。

その時バリオエルマーR28-70mmf3.5-4.5と比較したのが
かの
ニコンのAF-Sニッコール28-70mmf2.8EDでしたが、
バリオエルマーR28-70mmが
ニコンのこのズームレンズに勝ると思う部分は一つもありませんでした。

ライカのカメラ&レンズと言うことで、大いに期待したんですが、
これが期待はずれで、僕はその時またしても絶望の淵に沈み込んでいきました。

ズームレンズの描写についての詳細はこちらを一読下さい。
■■■ R8との出会い ■■■

こうしてライカ6.2+バリオエルマーR28-70mmf3.5-4.5を使い、
一時は絶望のどん底に沈み、
“フットワークの軽さと画質の両立”などという
虫のいい話はないなあ〜と考えるようになりました。

しかしある時、いきつけの函館のカメラ店でライカのR8が格安で売っていて、
それを思い切って購入したことが契機に
僕は
「暗闇に差し込む一筋の光」をつかみます。

すなわち、それまである種の不満を感じていたものの
カメラだけはニコンFE2というカメラを信じていましたので、
それ以上に理想的なカメラがこの世にあるとは思いもよらなかったのです。
なにせ、その時まで「見た目の不細工さからR8だけは使うまい」
と考えていたんですから。

しかし、いざ手にして使ってみると、
R8は本当に僕の理想のカメラだったのです。

まずは、その
“固さ”に驚きます。

■■■ R8というカメラ ■■■

僕が初めて使ったカメラはニコンの誇る“Nikon F2”というカメラでしたが
このNikon F2でさえもこんなに“固い”って感じたことはありません。
材質もなんでしょうが、組立精度の高さから感じられる
この“固さ”にまずは惚れたわけです。

もちろん、固いだけでカメラは使っていけません。
次にR8に惚れた部分は。ファインダーの切れの良さでした。

僕は長いことプリズムファインダーを通して見る風景の“切れの悪さ&暗さ”を嫌って、
マミヤM645の時もハッセルブラッドの時も、ウエストレベルファインダーを用い、
直接ファインダースクリーンに写る風景を見て撮影していました。
だから、R8のファインダーで風景に対しピントを合わせる前までは
プリズムを通しては風景写真は撮れないと考えていたのです。

しかし、R8のファインダーは驚くほどクリアで切れが良く、
「これは風景に使えるファインダーだ!」と生まれて初めてそう思ったのでした。

こうして僕はその後ライカR9のプリズムを通して風景を見るようになりますが、
そのおかげで、何を写し、何を写す必要がないかをはっきりと認識したり、

風景をより深く観察しながら撮影できるようになったのです。

■■■ ライカLEICA R9 へ ■■■
ライカR9+エルマリートR24mmf2.8
こうして、R8をしばらく使いますが、
その後すぐにライカR9を使うようになります。

このライカR9が今の僕のメインで使っているカメラで
これをライカR7やハッセルブラッドで補う形で撮影しています。

このライカR9を主に使う理由は一言では言えませんが、
まず特筆できるのが、
“シャッターを押したときの快感”です。
ただ、シャッターの快感はR9よりもR8の方が良いと感じるので
僕がR8よりもR9を使う理由はB・バルブのときに背面液晶に電気がつくことと
アンスラサイトの色が好き、という点でしょうか。

妻はM型ライカ、特にM2の静粛な感覚をとても大事にしますが、
僕はM型ライカのような静謐さよりも、
このR8&
R9のような“カツンカツン”と強く響く感覚をとても好みます。

僕は撮影の時、1枚撮るたびに“良し!良し!”と言うのが口癖なんですが、
このライカR9 のシャッターの響きこそ
そういった僕の理想の感覚に添うようです。

■■■ 撮影することの面白さ ■■■
またもう一つの理由として、撮影の面白さがあります。

僕は長らく中判カメラ(マミヤM645→ハッセルブラッド)を使ってきましたが

それらの場合いずれも、中判ゆえの撮りにくさを感じ、
撮る喜び、快感が少なかったように思います。

しかし、長いこと中判カメラで撮ることを当たり前に思い
撮りにくさなどを我慢しても、画質を優先して
お客様に失礼のない品質の作品を目指していました。

しかし、こうしてライカを使うようになると
なんと撮影に“快感が伴う”ようになったんです。

それまで自分の快感のことを考えるゆとりなど僕にはありませんでしたが
ライカで風景に対峙すると
目の前で移り変わる光がよく見えるようになって
それを感じるままに、シャッターを押し、巻き上げ、またシャッターを切って…と
まるでその風景に酔っているかのように撮っているのです。

僕は風景を撮るということは、
その場の
“光を風のように撮ること”と思っていますので、
このライカの
酔うように撮るテンポの良さ、ファインダーの美しさは
自分の撮影スタンスそのものを教えてもらいました。
■■■ ライカのレンズ群 ■■■
その一方で、ライカの大きな魅力の一つに
Rレンズ群の存在があります。

総じて、現像したフィルムをライトボックス上で見たときの
ハッと驚くようなコントラストの高い明快な仕上がり
そして高倍率のルーペでピントを確認していくときに見る
ほとんど無限に感じるピントの立ち方
そしてふんわりとした輪郭の美しさなど…

驚きや喜びの少ない日常に、さりげないが大切な喜びを与えてくれるし
撮影時の快感が再び風となって、心を高次元の世界に巻き上げてくれます。

おまけに、R型ライカのレンズの描写には特有の色気があり
何度、撮影されたプリントを見返しても、見飽きない美しさを感じ、ため息が出るほどです。

こんなことを言っても、最初6×4.5判のフィルムを見ることに慣れていた僕は
35mm判のフィルムなど小さくて取るに足らない、と思い、バカにしていました。

しかし、実際にルーペでピントを見たり、
フィルムスキャナでフィルムを取り込んだりしているうちに
ライカのレンズ設計の心持ちが分かってきたのです。

例えば、エルマリートR19mmですね。
このレンズは広角レンズですが、
35mm判の広角などたいしたことはなかろう、と思っていました。
しかし、このレンズをスキャナで取り込んでみると、

驚くばかり、広角なのに豊かな湿潤な階調が浮かび上がってきます。
こうしたエルマリートR19mmなどのように
“湿潤な階調”がライカレンズの全体を通したムードになるわけですが、
このムードこそ僕が長年探し求めてきたムードだったのです。
■■■ R型ライカとカラー作品 ■■■
確かに、中判で撮ると解像力の高い、階調豊かな、格調高い表現が可能です。
言い換えれば、プリントするときでも印刷にするときなどでも
余裕を感じさせてくれます。
言ってみれば、中判で撮ると無難、ということ。
だから、無難に仕上げたいので、プロは中判・大判で撮っておこうとする。
そして、印刷会社に持って行ったり、デザイナーや編集者に写真を渡すときに
バカにされないように、「フィルムの大きさ=価格」というばかげた競争のために、
人よりも少しでも大きなフィルムで撮影する。

しかし、そうしたばかげた競争はデジタルカメラの進出によりある程度緩和された。
それゆえに僕は小型カメラであるライカを心置きなく使う。

そして、解像力よりも、無難さよりも
心にうったえてくる暖かみを優先させることができる。
すなわち、ライカは中判に比べ解像力もなく
特にフィルム(コダックE100VS)を用いるなら粒子も大きく、
そのため今の感覚で言うと、
ノイズの多いシャープな色濃いインパクトのある写真に仕上がる。

すなわち、そうしたライカ+フィルムの表現が中判やデジタルにない暖かみをもたらす。
まさにこれは写真と絵画の中間調を意識的に目指したものだ。

丘のうえの小さな写真館がライカにいまだにフィルムを使う理由はまさにここにある。
写真でありながら、写真のようにリアルではなく絵のように曖昧ではない表現!
僕はライカでこの表現を目指している。
■■■ R型ライカと白黒(モノクローム)作品 ■■■
また最近は、白黒(モノクロ)も、ほぼ90%ライカで撮る。
ハッセルブラッドや大型カメラで撮られたネガからプリントすると
確かにそのプリントはライカにはない、緻密で静謐な表情が生まれます。

僕はこの緻密で静謐な感じは白黒作品にとり大事な特徴であると考える一方で
ライカによる非現実なメルヘンティックな表現もなくてはならない。

このことは僕の心の二重性のためなのだと思う。
暗室にこもり、プリントを淡々と仕上げている過程で
粒子の出てこない美しいファインプリントばかり見ていると
綺麗で滑らかで、それゆえに物足りなく感じてくることがある。
確かにそれは美しいのだが、
時に、メルヘンの世界、あり得ない非現実の世界に迷い込みたいと願っている自分がいることに気がつく。

僕という写真家はいつも心の二重性の中を行ったり来たりしている。
滑らかな階調のあるプリントと粒子感あふれたメルヘンティックな表現の間を・・。
■■■ R型ライカの魅力 ■■■
最後にR型ライカの魅力についてお話ししたいと思います。
まずR型ライカの魅力は何をおいても
“フットワークの軽さと画質の両立”にあると思います。

中判カメラからR型ライカに来た僕には
その有り難さが本当によくわかります。

まず一番すごいと思うのは
魚眼R16mm、超広角R15mmからR800mmまでという幅の広い画角を
ズーム、単焦点織り交ぜながらずらりと網羅したレンズ群があって、
どのレンズも理論をきちんと押さえたレンズばかりだということ。

そしてそれらのレンズを例えば、エクステンダー2×などで
焦点距離を伸ばしてみようと思っても、
接写リングなどを入れてもっと近づこうと思ってみても
とても手軽に、しかも画質を落とさずできるなど
その操作がどれも瞬時に反射的に操作できるという
快適な操作感。
つまり、単純明快で長期の撮影でも余裕が生まれるという感じ。

そしてその簡便な操作感ゆえにまた別の世界
ミクロの世界へと簡単に踏み出せる。
ベローズを用いた倍率5×までのマクロ撮影から
実体顕微鏡や生物顕微鏡を用いた1000×までの撮影を
一眼レフでやってしまえる。

そしてこれを少し応用すれば
なんなく月や惑星の撮影、すなわち星の世界の撮影までもある程度の水準まではこなせる。

しかも、その上、中判カメラでは無理でも
ライカなら外国の撮影にも無理なく挑めるだろう。

こうして考えると、中判で無用な画質にこだわるよりも
自分が見て、撮る世界を無限に拡大してくれる
小型カメラを使うべきだと思える。

すなわち、フットワークを軽やかに
できるだけ美しく撮りながら世界を風のように駆けるためには
僕にはどうしてもR型ライカが必要だった。

そしてもう一つ大事なことは
精神性の問題。

要するに世界を巡る風は
高貴な風でありたいと願う気持ちのこと。

自分の緻密な精神性が
未だ見ぬ世界と触れたときに
その世界と気高く関わり合うということ。

その交渉を取り持ってくれるのが
R型ライカだと思っています。